2 物より戦果
「おおお、喰らった!」
ニワトリのがおおよそ半分まできたところで、やっと敵の攻撃がハンマーの男に当たった。ダメージを喰らった男が後ろに吹き飛ばされる。いかに完璧に見切れるとしても、敵の攻撃の予測の上での話である。また攻撃モーション中に見切る場合は、回避できるエリアに制限が出る。様々な要素が絡み合うことで、完全には攻撃を回避できない。
当たりはほどほどに深く、男のゲージが四割持って行かれる。三回当たると即死、一人が倒れるともう一人は数分も持たないのがいつもの流れであった。
「下がって回復しとけ」
大剣の男はそう言うと、右手で担いだ大剣を大きく振りかぶる。そして腕をひるがえした。赤と黒の稲妻が剣を取り巻き、収縮音が鳴り始める。
「しぃっ」
息を細く吐いた。男の背丈を超えた大剣が、まるでレイピアのような動きで敵を斬りつけてゆく。
男が愛用するスキル「落陽」だ。十八連撃の末、男の剣が半円型の軌道を描く。赤と黒の光がしばらく留まり、揺らぎ、まるで夕日のようであった。
大剣の男が敵に攻撃を与えている間、ハンマーの男は後方で回復アイテムを使用していた。
左手で腰の袋の口を引っ張る。アイテムボックスを開封するジェスチャーで、するとアイテムのアイコンが眼前に横一列で現れた。現実世界のスマホと同様、アプリを選ぶ感覚でスクロールアンドタップする。選ぶのは桃のアイコンだ。すぐに効果が現れるが、アイコンはグレーになりカウントダウンが始まる。百八十から始まるその数字は、アイテムがまたアクティブになるまでの時間だ。
このゲームには、アイテム使用にリキャストタイムがある。グレードの高いアイテムであればあるほど、リキャストタイムが長く設定されていた。男が使ったのは蓬莱の桃というアイテムで、購入可能なものでは最高グレードだった。再度使用できるようになるまで三分かかる。
ニワトリともトカゲとも取れるモンスターは、まだ技を喰らった衝撃で怯み状態だった。これ幸いと、ハンマー男は接敵してチャージを開始する。狙うは脳天・トサカの部分だ。
打撃系武器は頭や足を狙い状態異常を誘うのが効果的で、数秒かかるチャージを行うことでクリティカルの可能性が跳ね上がる。
「ほい」
力を込めた動作にもかかわらず、声にハリがない。脳波感受ならではの脱力感に満ちた声だ。動作そのものは筋肉が唸り迫真に迫る、此処一番の渾身のモーションだ。
右肩に担いだハンマーから、紫と黒の粘着物質が噴き出した。マグマのように沸き立ち空気中で弾け、凶悪さに拍車をかけている。金に輝く華美なハンマーとは到底似つかわしくない。ストレートに毒を思わせるハンマーを、猛烈な勢いで横方向にスイング。鳥とは思えない低音の悲鳴、続けざまの下からのアッパー、男の体がハンマーとともにふわりと浮き上がった。
滞空、瞬間。
「めり込めぇ!」
全体重を掛け、毒を振り撒きながら、凶悪な武器を頭上からぶちこむ。衝撃に耐えかねたニワトリが床にくちばしを突っ込みながら沈んで行く。
「まだだ!」
男は気を許さない。前回はここで手を緩め胴体に斬り込んだのが敗因だった。大剣を振るう男が攻勢に入れ替わり、地面にくちばしを差したニワトリへ追い討ちをかける。
身動きの取れない頭に、斬るのではなく押し込むように剣を叩き込んだ。
その後、戦闘は一方的に進んだ。
頭が地面にめり込んだモンスターをアタッカー二人掛かりでタコ殴りし、起き上がるたびにダウンを狙い、反撃の隙を与えない。一度全範囲攻撃をされたものの、難なく見切りで回避した。
敵の体が爆発するエフェクトが起き、軽快なクエストクリアの音楽が響く。
「よっしゃあ!」
辺りに散らばっている戦利品は、決して苦労に見合うほどレアリティの高いものではない。だが、通常六名以上で狩るようなモンスターだ。報酬アイテムの取り分の量は通常を遥かに越える。視界の端で勢いよくスクロールしていくアイテム一覧のポップアップに、大剣の男はため息をついた。
「はぁ……いつも通り酒場で分けるぞ」
「あー? 飯は賛成だけどな。全部やるよ、んなのいらねぇって。それよりおいガルド……テメェ、今日こそ飲め! 奢るって!」
指を指されつつ飲酒を勧められた大剣の男、ガルドは首を振った。
「悪いな榎本、遠慮しておく」
榎本と呼ばれたハンマーの男はオーバーなほど残念そうな顔で「相変わらずだなぁおい!」と呆れる。
プレイ歴四年の榎本とガルドは、ブームを過ぎ閑散とし始めたこのゲームのなかで、かなり名前の知れ渡っている有名戦闘系プレイヤーバディであった。
ガルドというアバターを作る時、宿主である佐野みずきは迷わず中年の男キャラを選択した。
ヒューマンやエルフ、ドワーフ、巨人、妖精など様々な種族も選べたが、迷わずヒューマンを選んだ。みずきの希望は「おっさん社会に馴染める容姿」だ。綺麗な容姿より、おっさんに共感してもらうことが重要だった。
そもそもおっさんになりたい訳ではない。
女子高生特有のノリについていけないストレスを解消したい、というのがフルダイブ型VRゲームを始めた切っ掛けだ。そのためにどうするか逆算で弾き出した答えこそ、「女子高生と正反対の生態を持つ集団に入る」ことだった。
女子高生の似合う服など分からない。流行の歌も、アイドルも、アニメも知らない。レジャーランドに行ってもベンチに座っていたい。
父とともに小料理屋に行くのが趣味で、一期一会で出会うおじ様との会話のために、新聞を読むのが日課だった。酒だけは年齢上口をつけなかったが、つまみは好きだった。ゴルフも嗜んだ。新しいものより古い映画を好んだ。
ことごとく周囲と趣味が合わない。
「みずきってさぁ、女子高生の皮を被ったおっさんだよね」
同級生の友人にそういわれ、みずきは自分が女子高生ではなくおっさんだと知った。
汚いとか性癖とか、仕草の話ではない。慌ててそう取り繕った同級生が言うには、趣味や考え方の部分がおっさんなのだという。いぶし銀だ、と言いたかったらしい。みずきはポジティブに言葉を受け取った。その通りだと納得する。
だからこそみずきは、ガルドでいることを居心地よく感じていた。
ストーリーそのものは変更していませんが、細かい部分で設定や表現を変えています。前バージョンを読んでいただいた人は疑問に思われるかもしれませんが、最新話時点で不都合がある初期設定や、特に必要ないようなクドい表現を削りました。