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195 光が眩しすぎて

「カレーが食べたい」

 目覚めの開口は、そのエキゾチックな国民食の名前から始まった。

「起きたかガルド!」

「突然だな、どうした」

「カレーを作る夢を見た」

 夢というのは不思議なもので、ガルドは内容をすっかり忘れ去っていた。ただ、あの誘惑的な香りと熱をぼんやりと覚えている。

 炊飯器のボタンを押した覚えがないというのが悔しかった。夢の中の自分は今ごろ、カレーライスのライス抜きを食べていることだろう。

「あーいいなー、食べたい食べたい!」

<ワタクシも! 一滴残さず胃の中に!>

「うおっ阿国! 居たのか」

<おはようございます、ガルド様!>

「おはよう」

<よっしゃー! おはようからおやすみまでご一緒ですの!>

 ガルドの起床を察知し、阿国が荒ぶりポップアップを連発させる。仲間達は先程の不穏な話が聞かれていないことに安堵した。リアルでのガルドと温泉旅行などバレたら戦争だ。

「ちょうどいい、そっちの現状報告頼む」

<気分が良いのでお答えしますの>

「機嫌悪い時は答えないつもりか~?」

「ガルドがお願いすれば一発だから、問題ないだろ」

<ワタクシ達、ただいまロシア海上のとある船におりますの。詳しいことは守秘義務、まあこれが盗聴されてる可能性はゼロではありませんので。あしからず>

 阿国がそう表記するのを、ロンド・ベルベットの面々は思い思いの姿勢で見た。

 ガルドは起きたとはいえそのまま横になっており、榎本は暇をもて余してひたすらシャドーボクシングの真似事をしていた。メロは洋服にじゃらじゃらとついている紐を三つ編みにして遊び、マグナはあぐらをかいて座り込んでいる。

 ジャスティンは上着のポケットに入れていたハンカチを出しては仕舞いを繰り返していた。お手玉のようにぽんぽんと投げては、格好良く片手でキャッチして仕舞う。そして取り出すときのポケットを引っ張る動作がフロキリの「アイテムボックス選択」のモーションになっていた。

 定期的に阿国たちの感覚エリアに現れる<ジャスティン アクション・開ける・アイテムボックス=失敗>というログがそのしぐさを伝えていた。

 単純に言えば、彼らは暇をもて余していた。


「スープカレーおいしいじゃん!」

「俺はあんま好きじゃねーな。スープとしてならいい。だがカレーじゃない」

「え、アレンジしやすくて俺は好きだよ。ししとう避けて茄子多めとか。嫁は天ぷらより素揚げでヘルシーだとか言ってた」

「ほう、健康的で苦手なものを除外しやすいと」

「俺より偏食のマグナなら分かってくれるだろ」

「そうだな。簡単でいい。煮込んで溶けた玉ねぎまでは除外できないからな……はじめから入れないカレーは理想系だ」

「うんうん、賛成多数。ほらみろー」

「ほぉ、カレー味のスープなのか!」

「そう。さらさらで、カレーっぽくない」

「そうだけどそうじゃないっていうか、うーん、言葉じゃ伝わらないかな~」

「腹空いてるわけじゃないが、何でもいいからなんか食べたい! つまみみたいなのがいいな!」

「口寂しいってやつだな」

「ジャスはまたそうやって酒飲み的なものを……」

「いかそうめん」

「……飛行機の中で食べるつもりだった、あれか?」

「ガルド……そうだよね、楽しみにしてたもんな」

「やっぱりカレーが食べたい」

「おい! しんみりした俺の立場!」

「あっははは! カレーやっぱり凄いね、神の食べ物っ!」

 永遠のような暗闇では、とにかく会話しかすることがない。

 話題は酒・料理・ゲームのことばかりだった。趣味はそれぞれバラバラで、仕事には守秘義務雑談があり制約が大きい。そうなるといつもこの三つに絞られる。

 ガルドが夢見たカレーの話、そこからご当地の特殊なカレーの話へ。札幌名物スープカレーはカレーかスープか議論が起こり、上に乗った揚げ物からかき揚げの乗ったうどんと流れ、全国規模のギルドならではの「東西たべもの論争」が巻き起こる。

 ロンド・ベルベットでは「意見を述べ合うが白黒結つけない」という暗黙の了解があった。

 自由を尊重するという建前の元、とにかく何でも話せる分だけ言い合う。優れているかなどそっちのけで脱線を繰り返し、つまりオチの無い会話が続く。いつものことだ。ガルドはたまに関東圏の若者代表として意見を言う以外は聞き役に徹しながら時間を潰した。

「そばもうどんもあまり食ってこなかったからなぁ」

「えー? 榎本って意外と少食だよね。さらっと済ませる時とかさぁ、麺食べたいけどラーメンはちょっとなーみたいなとき、無い?」

「あ? パスタとか食う」

「パスタか!」

「東京の民はすぐそうやって洒落た飯を食う……」

「ただのパスタだぞ、普通だろ!」

「俺はスパゲッティなど好物の一つだぞ。蕎麦と同じくらいにな!」

「あ、ジャスの言うスパゲティって喫茶店のやつだろ?」

「おお、そういうのだ。ミートソースが好きだな」

「オシャレ」

「そうか、ガルドが言うなら間違いなくオシャレだな! 少しけむい(電子タバコ臭い)から、大人になったらモーニングでもどうだ」

「おお~、喫茶店文化ってなんかいいな。チェーン店のより……えっ!?」

「む?」

「どうした」

「なんか……な、なぁ? あれ……」

「あれじゃわからんぞ」

 延々と続くかと思われた雑談と暗闇も、突然響いた夜叉彦の声に中断させられた。

「奥! 俺だけ? 奥から光が!」

 ガルドは目線を素早く巡らせ、光源を探す。ほぼ真後ろに振り向くと、うっすらと白が見えた。

「あ……」

「見えたぞっ!」

 音もなく暗闇だったブラックキューブに切り込みが入る。すうっと薄い紙のような切れ間から徐々に広がってきた向こう側は、煌々と輝く純粋な白だった。

 ガルドにはそれが夜に突然現れた太陽光のように見え、目を細めて手をかざして光量を抑える。

「なになにっ!? 突然なにー!?」

「明るい……出口か!」

「おお、早かったな。流石だぞ阿国、ディンクロン!」

 ジャスティンが救援隊の二人に礼を言うが、思ったような返答が来ない。文字のポップアップは消えたままだ。

「む? 忙しいのか?」

「とにかく出てみよう。全員、光が見えるな?」

「おう、乗り遅れるなよ!」

「お互いの姿が見えなくったって大丈夫さ。バトルだってそうだろ?」

「だな! ほら脱出だ!」

「ああ」

 彼らはそれぞれの箱に空いた穴に向かって走り出す。

 ガルドはその向こう側に、青い椿の香りを感じた。

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