194 追いかける温度差
その彼らを追うメンバーも、焦れったい待ち時間に悩まされていた。
北海道よりも北の海。波に揺られている護衛艦上で、九郎が指揮をとる日本側の救援チームは分析作業を進めながら新情報を待っている。
船内の片隅で電源を引っ張って陣取った日本人集団は、ただ電子解析の作業をすることしか出来ていなかった。阿国はその中で一人、避難させたガルドの護衛役として電子防御壁を繋げていく。
「彼らから報告は?」
「まだですね。暗号化されていて情報も読めませんし、これじゃ私たち何のために来たのか……」
「そうしょぼくれるな、言いつつ作業はしているだろう」
「目新しい手がかりは皆無ですがね」
彼らを率いる九郎と部下の大柳がそう話している。その脇で一心不乱に通信衛星経由のデータを暴く作業を進める男が、音が聞こえるほど強く歯をきりきりと噛んだ。
近くに娘が居るかもしれないという焦りからだろう。久仁子は同じく不安だったが、自分の王子様を信じてもいた。頼れる強い人だ、今の状況もそのうち打開できるだろう。しかし保護者である脇の男はさぞかし辛いだろう、と同情を寄せる。
予想以上に足りない人手、物理的な問題で手も足も出せない状況、そして国同士の足の引っ張りあいが日本陣営の身動きを鎖のように封じていた。
その中で今一番焦りと苦悩で苦しんでいたのは、親でもあり追跡スタッフでもある佐野仁だった。
「……佐野さま、こちらはサムネをざっとご覧下さい。他はワタクシがチェックしますので」
「ありがとう久仁子さん。これだけ済んだらそっちに移動するよ。あと、あっち頼んでもいいかな」
「お任せください!」
ガルドを敬愛する阿国は、同様の想いを彼女の実の父にも向けた。高所得一家の一人娘という身分的に支えられ慣れた人生を送ってきた久仁子こと阿国は、人のために能力を駆使し誠心誠意尽くすという経験が乏しい。純粋に喜びを感じながら、大量の情報をさっくりと取捨選択する。
佐野は独り言のように呟き始めた。
「……本当なら私はこのヤマから外されていてもおかしくないんだ。それでもこうして娘や被害者達を探していられるのだから、ありがたいよ」
「ちょっと、佐野さん抜けちゃったら大変なことになりますよ? 私たちみんな自分のことばかりで、協調性とかないんですから」
「そうだな。私も独走することが多い。頼むぞ佐野。娘が巻き込まれていつもより動揺しているとは思うが、お前が持つその客観性と視野の広さは得難いものだ」
別の会話をしていたボス九郎と女部下の大柳が近付いてきてそう声を掛けた。家族が事件に巻き込まれた心情を配慮するなどという余裕は、この現場には無い。それが佐野にはちょうどよかった。
「ありがとうございます、ボス。全力で奴等の尻尾、捉えますから!」
「ああ」
「気張ったところで、私たち出番無いですけど」
ガルドの二重ログインによる位置情報を調べて分かった現場は、彼らの船がある数キロ先の海の中であった。しかし情報戦に特化した彼らには、物理的にそれをどうこうする装備は無い。
日本が国として保有する戦力は、その「情報の不明瞭さ」が壁となり行使に難色を示されていた。元々事件の存在そのものを無かったことにしたい上の意思を、寸分狂いなく指揮権所有者の九郎は感じ取っている。
「我々に出来るのは、得ている全ての情報の解析だ。全てだ。漏れのないように、な」
「そうですね! 空港の映像解析は順調に滞ってます!」
「順調……?」
軽口を叩くように状態を報告した部下の男に、大柳がじろりと視線を送った。アイラインを鋭く引いた目力に、彼女より年上の男達がたじろぐ。
「大柳、落ち着け。順調に不調なのは事実だ」
「順調ではなく運悪く、の言い間違いでしょう? Sのちょっかいがなければ目標通りだったのに」
「あ、音声のシュミレーションは目標の半分まで来てますよ。一般エリアと見送りの面々が残した情報も合わせて、何が起こったか程度は分かってきましたが……」
「証拠になりそうなものは」
「出ないです。凄腕のサイバーテロリストってだけはわかりますけど。スピードからして複数犯、もしくは国家ぐるみ。とにかく不明」
「援軍は期待できんな」
一同のあちらこちらからため息が聞こえる中、阿国は思わずはしゃいだ。明るく黄色い声だけが大きく響く。
「ああっ、ガ、みずき様っ! カレーにマヨネーズかけちゃいますの!?」
「久仁子」
「聞きましてディンクロン、みずき様ったら辛いの苦手でしたのね!」
「いいから仕事しろ」
「瓶のジンジャーエールなんて結構辛いのに……え、マヨの上に七味もかけちゃいますの!? らっきょは? らっきょも好きですの?」
「……すまんな佐野」
「いえ、逆に少し気がほぐれます。あの子はらっきょうと福神漬けどっちもたっぷり入れて食べるんですよ。具がごろごろしてるのがいいみたいで、あんまり掻き込むように食べるから怒ったりもして……うぅ、みずき……」
「ああっ佐野さん!」
「それ以上みずきネタで騒ぐと怒るぞ、阿国」
「はうっ!」
慌てて手で口を覆う。しかし頭を通じての会話はなおも続いていた。




