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193 温泉旅行の計画

 阿国たちがログで閲覧する世界では、今も会話が延々と続いている。

 つい先程まで行われていたシリアスな会話も鳴りを潜めていた。なぜ自分達だけ時間が半分なのか、技術的な結論など出るわけもない。

「考えるの疲れたぁー! 温泉っ、お酒っ、ゲームしたい!」

 メロがそう駄々をこねる声を、ガルドは遠くから耳にした。まだ半覚醒半睡眠状態であり、返事をする気力はない。そして、周囲はガルドが寝ていることにも気付いていないようだった。

 無口でよかった。そう思いながらうつつの中でぼんやりする。

「温泉の話、そういや途中だったな」

「話変わりすぎだって。でも確かに場所はぼんやりしてたね、どこがいい?」

「九州の温泉に一票だ! 旨い酒があればなおいいぞ」

「それ賛成」

「暑くなる前の今ならちょうどいいな。だが! 夏は涼しいとこがいいから却下!」

 榎本の時期の指摘は痛い。確かに今は夏だが、温泉に行ける時期がいつになるかというのは未定だ。

「……俺たち、旅行できるくらいに状態回復できるのか? 拉致なう(進行形)だし、まだ救出の目処たってないよな?」

 夜叉彦がそう昔流行った言葉を交えながら続けた。

「帰ってきても検査やら何やらで忙しいだろうな!」

「ああ。それにお前達の家族が旅行を許可するかどうかはまた別に課題として残っている」

「マグナもパジャマ子にストップかけられると思うけど」

「そういうお前は身軽でいいな」

 榎本だけが唯一、この場合での窮屈な身寄りを持たない。

「お前らが厳しいなら俺だけ行くぜ。泊めろよ?」

「……ん? 俺の家か?」

 顔が見えない現状では、話しかける相手を声に出さないと伝わりにくい。前後の文でマグナが自分だと気付いた。

「おお。あるんだろ、温泉」

「徒歩圏にあると思ったら大間違いだからな」

「九州広いもん、当たり前じゃーんばーかばーか」

「メロてめえストレートにバカにすんじゃねー!」

「おお、メロの地元もありだな。夏場なら北海道は楽しいだろう! ウイスキー、ビール、魚介類。旨いものの宝庫だ!」

「ラベンダー畑もいいよぉ、メロンとかスイカとか、牧場は匂いがね……海は泳がないよ。ジンギスカンする場所だし」

「ジンギスカン!」

「ジンギスカンと、冷えたビール」

「想像するだけで旨い!」

「海でジンギスカンだと?」

「海辺でバーベキューするでしょ、本州って。あれこっちだとジンギスカンなんだよ」

「いいね~、最高だね~」

 オヤジ達の夏は浜辺で酒の一色に染まってきていた。

「しかし夏までに旅行できる状態に戻れればいいがな」

「じゃあ冬!」

「冬なら北海道は却下っ! 寒い寒い!」

「えー、札幌の雪まつりはぁ? 流氷はぁ? そうだ、ルスツなんてどう?」

 ごり押しで自分の推し観光地をアピールするメロだが、その反応は薄い。

「寒くなかったら大賛成だけど、冬だろー?」

「そうだな。ウィンタースポーツが得意ならば楽しいだろう。榎本とガルドくらいか? 俺は滑れん」

「えっ」

「俺もー。子どもの頃ソリ遊びしたくらいかな」

「うっそぉ!」

「俺もだ! ゲレンデなど岐阜まで出ないとならん!」

 ジャスティンは名古屋住まいだ。環境的にウィンタースポーツが出来ない地域では、どうしたってマイナーなスポーツの扱いを受ける。彼が数あるゲームタイトルからフロキリを選んだのは、雪世界への小さな憧れからだった。

「授業ないの!?」

「なんの」

「スキー!」

 メロだけが唯一、本物の雪の民だった。


 ぐだぐだと話し込んだが、結局は時期を無視して元々マグナが勧めていた九州の由布院へと落ち着いた。その会話を深い眠りによって全く聞いていなかったガルドは、そこで行われていたひと悶着に気付かない。

「ガルド、部屋割りとか……ガルド?」

「……お?」

「返事がない、ただの寝落ちのようだ!」

「ちょうどいいな、部屋割りどうするよ。ガルド一人、あー……中身な? 女の子だぞ。シングルしかないか?」

「ちょっと可哀想な気もするが、致し方ないだろう」

 少しボリュームを押さえた声で話し合うその様子に、傍観の姿勢を崩さないディンクロンが笑った。

 行動ログに逐一、<榎本 発言・()()()()() =隣同士の部屋とか取りたいけどな>などと表記される。むさ苦しい男どもが暗闇でひそひそ話をしているのを想像するだけで、ディンクロンは口角が上がった。

「ボス、なに微笑んでるんです?」

「お前の娘の仲間たちが、眠った娘を気遣っている」

「えっ、みずき寝ちゃったんですか!」

「疲れているのだろう、メンタル的にも睡眠は悪くない。このままにしておこう」

「この状況で眠ってられるなんて……みずき、どこにいてもマイペースだなぁ」

 彼女のたった一人の父はそう呟く。船内の一角に設けられた小さな日本支部でPCキーボードを叩きながら、やっと訪れた少しの安堵に任せて頬を緩め目を閉じた。

 


「夕食は一緒に取りたいがなぁ」

「その時だけこっちに来てもらうとか」

「宴会場とるのも手だな」

「社員旅行みたいじゃないか、それ」

「ウチはそーいうの嬉しいけど。経験無いし」

「牧場主だからな」

「牧場じゃない! 農場! じゃがいも!」

「うるさい、ガルドが寝ているんだぞ」

「……宴会だからって、向こうみたいに脱ぎださないでよ? ジャス」

「そっそんな、せんぞ! それぐらいのフンベツはある」

「酔った後のことだから今注意しても意味ねぇだろ」

「おまえもだぞ榎本。ゴール決めるたびにサッカー場でTシャツ脱ぐだろう、お前」

「フットサルな。ま、リアルでもそのくらいなら経験済みだから」

「経験? おい、どういうことだ? あの家出騒動のときのか?」

「服を脱ぐのが経験あるって、え、ガルドに? 半裸見せたってこと?」

「お前、お、お前ってやつは!」

「わーどんびきー」

「おい誤解だ! 着替えてたらログアウトしてきたガルドと鉢合わせただけだし……それにあいつリアクション無かったから!」

「バカね、あのポーカーフェイスで隠してるに決まってるじゃない!」

 メロが唐突なおネエ口調で非難する。ベルベットの幼馴染みである彼は、たまに影響をこうしたところで垣間見せた。

「謝ったか? 女子高生にはトラウマ級だぞ! お前みたいなお祭り男には分からんだろうが、オタクにとっては異性というのはだな……」

「へいへい、あーやーまーりぃましたぁー」

「これだからパリピは」

「これだからアゴヒゲは」

「ガルドをこいつのところに預けたの、失敗だったかもなぁ」

「ぷっとんの方がよかったんじゃない? ネカマじゃなかったわけだし」

「今さらだな!」

「反対したの、榎本だろ? 本人がこの体たらくじゃな~」

「……ぐうの音もでないか?」

「ぅぐぅっ!」

「あはは、でたでた!」

 徐々に音量が大きくなっていたが、ガルドが起きることはなかった。


「うる覚えだけどさ、離れみたいな宿もあるよね」

 夜叉彦が新しい情報を持ち出し、根本的な疑問点は解決した。何部屋もある離れ宿をとれば、一つ個室の状態にしてガルドに使わせることが出来る。それにこれにはメリットがあった。

「貸しきり露天!」

「……なに、混浴狙ってんの?」

「あながち間違ってないけどね。水着オッケーのとこもあるんだよ」

 夜叉彦は過去に嫁と利用したらしい。混浴を恥ずかしがった彼女が「タオルを着用したままでも入れるところ」をと検索して決めたのだという。

「ガルドだけのけ者なんて絶対嫌だからな、いいアイディアだ」

「フロキリに温泉とか実装されれば楽しいのにな」

「それはない。アメリカだぞ、文化がそもそも違うだろ」

「プールもないぞ、俺は好かんが」

「……確かに」

 拉致直後の「フロキリもうダメだ」という空気は吹き飛んでいた。愛するゲームのいいところと悪いところを話し合いながら、彼らは時間を楽しく潰す。

 ガルドは今だ夢の中であった。

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