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190 三人で力を合わせ、あの人のために

 イベントステージを遠くに見据えながら雑談する三人組の青年たちは、成田空港での事件を思い返していた。


 オレンジカウチの騒動後、彼らは巻き込まれないように散り散りとなった壮行会メンバー同様、少し離れた場所まで避難していた。かろうじて現場だったロビーが見える場所に陣取り、三人で輪になって周囲を警戒する。

 遠くに見える現場にはガルドと思われていた身代わりの男が立っている。その様子を見続けており、ガルドが日本から離れるまでは帰らないと空港に残っていたのである。

 筋骨隆々としたTシャツ姿の男が「ガルドさんじゃない」と気付いたのは、本物のガルドがそそくさと一般人のフリをして入場してからしばらく後のことだった。

 影武者がその役割を終えて私設SPスタッフとしての活動を始めると、取り繕っていた無口さが無くなり、爽やかな好青年へと変化した。空港側の警備員へ確保した状況の情報提供を行い、きびきびと仲間のスタッフに話しかける姿は異様だった。

 ガルドであれば、あり得ない光景である。

「影武者!」

「いかがしました、お嬢様」

「その呼び方、よしてくださる? 嫌じゃないけど恥ずかしいじゃない」

 そこにずかずかと大股で現れた女は、ガルドだと思われていた筋肉質の大男を影武者と呼びつけた。婆やを連れた強気な口調の女は、何事かを話してすぐに立ち去って行く。

 その歩き方に、青年の内の一人が気付いた。

「あれ、なーんか阿国っぽいな」

 ゲーマーには見えないその女性の、ピンとした背筋のまま胸を突きだして大股に歩く姿勢がアバターの時と全く同じであった。

「……影武者、阿国、後から来た榎本さん……真実は、いつも一つ!」

「振るなよ、考えなくてもわかるだろ。ガルドさんはあの人じゃない人で、こっそり入ってったんだろ」

「さっきの襲来男のこと、前もって気付いてたのかもよ。んで影武者で迎え撃ったとか!」

 盛り上がる三人は、視線をその影武者から動かさずに観察し続けた。見れば見るほど彼は偽物にしか見えない。完全に信じきっていた直前までの自分達が恥ずかしくなる。

「隠されると本物見たくなるじゃん!」

「くっそー!」

「へへーん俺ぁ気付いてたし。ガルドさんはもっと渋かっこいいはずだし」

「嘘つけぇー!」

「はっはー、騙されてやんの」

 そうしてぎゃあぎゃあと言い争う彼らは、ごった返した空港でも迷惑に変わりはない。周囲の一般人にじろりと睨まれ、しゅんと肩身を狭くした。

「すんません……」

「にしてもさー……ん?」

 そう話題を振ろうと口を開いた一人の青年が、背後にするりと現れた飛行型のドローンに気をとられた。

 警備ドローンは監視カメラとしての役割も果たしており、どこにいてもおかしくはない。ついさきほどの事件を思えば、もっと沢山のドローンがあってもおかしくなかった。

 ぷかりと浮いてホバリングしているそのドローンは、青年達の顔の辺りに高度を保った。普段はあと4mほど上空に居るはずで、こうして間近で見ると、想像以上にドローン本体が大きいことに驚かされた。

「……あの犯人のこと、調べてんだよな?」

「俺達べったり触っちまったし!」

「なぁ、ショクムシツモンとかめんどくさくね? さっさとずらかろうぜ」

「その言い方マジ本物っぽいからやめろよ」

「ではこれにてドロン!」

「古ぅー!」

「ドローンだけに? ぎゃははは!」

「ちっとも面白くねーよ」

 叫ぶように騒ぎ退散の姿勢を取る彼らをまるで制止するかのように、飛行型ドローンが進行方向側へと回り込んだ。

 モーターの動作音がハチドリよりも五月蝿く、動きは鈍いが重量を感じさせる。

「……さーて、さっさと帰ってレポートの続きしなきゃな!」

「晩飯どうするー?」

「バリカタのカップ麺作って食おうぜ」

「まずそー」

「じゃあ俺無印(ムジ)のバターチキンカレー食う」

「ずるいぞ」

「おごれ!」

「やだよあれ高いもん」

 先程とは全く方向の違う会話を始めた青年達は、通行の邪魔になるドローンを大きく迂回して歩き始める。

 彼らはドローンの異様さに気付いていた。

 しつこい。これほどしつこい動きをするAIは、ヒトに干渉を受けている以外に考えられなかった。自立型ではあり得ない上に、ヒトへ接するサービス商品として常識的でない。

 逃げる以外にないだろう。意味の無い会話でそう伝えあい、大きく足を踏み出す。

 すれ違おうとした瞬間、彼らのこめかみと視界に強い違和感を与えた。

 続けて視界が一気に暗闇へ転じる。

「うおわぁっ!」

 明らかに直前に見たドローンの影響だと分かった。

 咄嗟に青年の一人が立ち止まり、ドローンがいた方向に体を向ける。触ろうと、あわよくば捕まえようと手をぶんぶん振り、その全てが空振りに終わる。

「な、なになになに!」

 視界が塞がれていると思い、彼らは手で自分の目を触ったり拭ったりした。目には全く何もついていない。突然頭を横に振りだした青年達を、一般客の男性が他人のフリをして避けて遠ざかっていく。

 三人の様子は控えめに言ってもおかしかった。突然三名の青年が、目を手で擦りながら振り払うように横に頭を大きく振っているのだ。何も見えない一般人からすれば、唐突で違和感のある光景だ。

 彼らにとってはもうそれどころではない。感覚が日常ではあり得ないものを捉えていた。

「なんだこれっ、べたべたしてる!」

「黒い粘土?」

 顔全体が黒い粘土質の固まりのように感じる。触ると指先にべとりとした不快な質感を感じ、慌てて手を引くと糸を引いている。

 しかし彼らの本当の顔には何もない。

 他の客からすると、まるでパントマイムでもするかのように、顔に手をぺたぺた触れさせ剥がすという動作に見えた。

「なんだよこれぇ! 顔が覆われて真っ暗で! 息できない! 息……あれっ」

 パニック気味にそう言った青年は、自分の発言で状況を冷静に見ることができた。

 息は出来ている。

 顔が粘土に覆われているのは錯覚だ。それは彼らなりの用語で別の言い方が出来た。

「……そーいうエフェクトをリアルで流してるってか!?」

「こ、こめかみっ! お前ら、こめかみだ!」

 目元ばかりを触っていた青年が、仲間の言葉に耳の上へと手を誘導した。すると見知らぬ突起が手に触れ、その部分を爪で四回ほどかきむしる。

 視界が一気に通常の色彩へと戻り見えてきたのは、混雑した空港と人の目、動かないドローンが一体。

 そして指には、黒い粘性のある何かがへばりついていた。

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