19 ナンパ野郎
「筋肉剥いたら美少女だったって、それなんてラノベ?」
「はっはっは! 可愛いだろ、俺の娘は!」
「ちょっとジャス黙って。うちの子だから」
「黙らんぞ? お前などに娘はやらん!」
「だからうちの子だって。ジャスにこそあげないから」
榎本たち三人のプレイするゲームは、合間を開けずに三レース行われる。ガルドたちが到着した時は第一レースだったが、現在第三レースの後半だ。その間、ずっとジャスティンとメロは冗談を言い合い盛り上がっていた。
内容はみずきに関することばかりだ。聞いていて恥ずかしくなったため、渦中のみずき本人はそっと店員を呼びドリンクを注文した。ジャスティンに何がいいか聞こうとしたが、邪魔すると会話に巻き込まれかねない。咄嗟にみずきは二人分の生ビールを頼んだ。父が「駆けつけビール」「缶より瓶、瓶より生」と言っていたのを忠実に守ったのだった。みずきはソフトドリンク欄からウィルキンソン社製ジンジャーエールを選ぶ。緑の細身な瓶がかっこよく、スパイシーで他の製品には無い独特の爽快感が気に入っていた。
「お待たせいたしました、生をご注文のお客様」
基本的に口を開きたがらないみずきは、指でジャスティンとメロをさした。じゃれ合う二人のそばにあるテーブルに、冷えたジョッキに注がれた泡立ちの良いビールが二つどんと置かれる。
「ジンジャーエールのお客様」
「ん」
右手を小さく挙げ、ガルドが商品を求める。コルク製コースターの上に、氷の詰められた小ぶりのグラスがそっと置かれた。すぐ隣に、栓が抜かれている瓶のジンジャーエールがセットで続く。瓶口からしゅわしゅわと炭酸の弾ける音がし、ほのかにさっぱりとした香りが漂っているのが心地よい。
そしてそっと紙カバーに包まれた細いストローが手元に置かれる。用意され尽くしたドリンクに、みずきは特別感を満喫した。優しく封を千切り白いストローをグラスに刺す。瓶の中身をまずは半分注ごうと、ジンジャーエールへと手を伸ばした。
と、目線を戻してもグリーンの瓶がない。
「注ぎますよ、お嬢さん」
左を見ると、気付かぬ間に男が立っている。
服装から若さを感じる男だ。よくよく見ると四十代だが、一瞬見るだけでは三十代にも見える。コミュニケーション能力の高さを感じさせるその立ち振る舞いは、オンラインのそれと全く変わっていなかった。
女性に対するキザな物言いが、自分ではなく周囲に集まる女性プレイヤーに向けられる様子をずっと見てきた。まさか自分が矛先になるとは、という驚愕に包まれる。みずきは何か話しかけようとしたが、何といえば良いか分からない。そのまま押し黙った。
「おい榎本ぉ、その子は……ぐおっ! 痛いぞ! おい、メロ!」
「黙ってろ髭もじゃ、面白いじゃんかー」
メロが騒ぐジャスティンを制し、ビールを飲みながら様子を見学し始めた。ジャスティンはまだ何か言いたげな顔をしているが、同じように隣でジョッキを煽る。
「ありがとう」
みずきは名乗らず黙ったまま、礼を言った。
「君、可愛いな! いくつ?」
「十七」
「若いなぁ。どっから来たんだ? 一人?」
「横浜。オフ会で」
「へぇ、奇遇だなぁ。俺もだ。こいつらと……何だよ。何ニヤついてんだよ」
普通にナンパのようなことを始めた榎本に、メロとジャスティンが笑いを堪えきれず時折笑いを吹き出した。榎本はやっとその様子に気づくものの、みずきがガルドだとは気付かない。ジャスティンが誤魔化すために解説を入れた。
「うむ。彼女には道案内してもらってな!」
「へえ」
「なんだ、その興味ないみたいな態度は。親切な子だろう?」
「へぇ。ところでさぁ……」
ジャスティンとの話を早々に切り上げ、すぐにみずきの方へ体ごと向き直った。さっと椅子を手繰り寄せ、隣に陣取り腰を下ろす。
メンバーのなかでも、女性からのモテたい願望が一番強いのは榎本だった。年齢を問わず、とにかく女性と仲良くなりたいのだ。自分がその対象にカウントされたことに少しばかり驚きつつ、どう切り出せば良いかと悩む。
当の榎本はジャスティンをシカトしながら、いつもと全く違う顔で話し始めた。
「へぇー、陸上してるのか。短距離?」
「ん、長距離」
「そっかそっか、細身だもんな。女子駅伝とか目指したりしてる?」
「そんなに速くない。趣味程度」
「へぇー。実は俺もフットサルしてるから、走り込みとかはたまにするんだよな」
爽やかに歯を見せて笑う榎本の顔を間近で見てしまい、みずきは得意のポーカーフェイスで笑いを堪えた。それとなく気付いてもらうため、わざと気付かれそうな話題に持っていく。
「この前の試合、どうだった」
「いやーぼろ負けだった! かっこわりぃなぁ、五点も差をつけられてさ」
「ドンマイ。次がある。再来週」
「お、サンキュ! あれ、次の試合が再来週って話したか?」
「自分で言ってた」
「へ? 俺が? 酔ったかな……もしかして、どっかで会ってたり? いやいや、こんな可愛い子忘れるわけ……」
話を静かに聞いていたメロがここで堪えきれず吹き出す。みずきもほおをピクリと揺らし、口角が思わず上がりかけたところをすぐに元に戻した。そもそもおっさん同士の姿でしか会ったことがない。別人だと思われている前提を思い出し、やっとみずきは榎本の狙いに気がついた。
「メロ。これ、ナンパ?」
「そうだねぇ。榎本は初対面の女の子と仲良くなって、あわよくば連絡先を知りたいんだよねー?」
みずきは全て分かった上で、メロと一緒に榎本をからかうことにした。
「お? 教えてくれるのか」
「タダなんて虫がいいでしょ、榎本が何でも一個おごってくれるってさ! ね?」
「えっ。あ、あぁ。いいぜ」
「じゃあシャンパンタワー」
「はは、軽々そんなやばいもん頼んじゃうのかよ。それ、すごい値段なんだけどな」
「じゃあポッキー」
「え、どれどれー? うわ、千円だって!」
「グラスに入ってるだけだってのに……ま、それぐらいならいいけどな」
楽しげに話しているものの、榎本だけが状況を理解していなかった。
極力ゲームをしないにも分かるように書いています。ゲーム用語で略した会話がほとんどないのは仕様です。