189 免罪符、アイアメイン
各方面が事件の詳細をつかみ始めたころ。
「ぅわれわれはー!」
血気盛んな気配と共に、あるゲームの中で集会が開かれていた。寒いはずの雪が支配する世界で、ちらりちらりと舞い降りるそれを溶かすほどの熱気が広場を支配している。
「断固としてこの憎き犯罪者に屈することなくぅー!」
「ぐだってんぞー! きびきび喋りやがれ!」
「すっこんでろ!」
野次が飛ぶ。
「ぐっ、これだからぽっと出の底辺は嫌いだ」
「聞こえてんぞオラァ!」
「もっとキリッとした奴いないのー?」
広場に設けられたステージは、氷のような透明感を持っている。薄く青みがかったそれに光が差し込み乱反射して、埋め込み型のシャンデリアのような美しさを誇っていた。
一段高くなっているこのステージは、本来イベントムービーなどを流すためだけのものだ。そうしたものが無いときに、こうしてプレイヤー達が自主的に使用することがある。乱暴者に乗っ取られないよう誰でも誰かを追い出すことが出来た。現在話している男が退場しない様子から、見物人達は彼の音頭に甘んじているように見える。
フロキリ内、日本サーバーの氷結晶城・城下町エリア。
ログイン直後にプレイヤー全員が例外無しに訪れることになる城の麓、位置的に城下町と呼ばれるエリアの広場に大勢のプレイヤー達が集まっていた。
有志によって録画され、プレイヤー用SNS「ブルーホール」へアップロードされてゆく。そして少々の無駄な時間を経て、にわかにステージ真下が騒がしくなった。
群衆の一部が壇上にいたエルフ種のプレイヤーを引きずり下ろし、半ば背中を押すように別の人物を入れ替わりで登壇させ始めていた。途中まで急かした人物はそそくさと群衆に紛れ、一人ぽつんと女性が立ち尽くす。
ユーザーの視線を一身に集めているのは、気の弱そうな眉におどついた困り顔をしたドワーフ種の女性プレイヤーだった。その小さな体に似合う小さな弓を装備している。
「あ、あの……」
「アイアメイン!」
「来たぁー!」
肯定的な声援を一身に受けるこの女性は、夜叉彦を遥かに上回る日本サーバー内ファン獲得数ナンバーワンのアイドルプレイヤーであった。
「せっ僭越ながら……ギルド・機動救急科のアイアメインです」
そう切り出した彼女は、深く深く一礼をした。男性ドワーフに必須であるふさふさのヒゲも、女性の場合は選択式となっている。アイアメインはヒゲの無い女性ドワーフ種で、緩やかなウェーブを描く金髪はボリュームと艶があり見事だ。しかし寸胴でクビレがない。
団子鼻にくりっとした瞳が、どこか牧歌的な暖かみを感じさせる容姿をしていた。装備はフロキリにおいて中堅どころといった製作難易度のものを見にまといながら、弓矢だけが一級品だ。
特段美しいわけでも、特段愛らしいわけでもない。その彼女がこう一身に声援を受ける理由は、夜叉彦がそうであるように仕草と口調、そして性格だけだった。
「私も、びっくりしだなっす」
そう切り出した彼女は、イントネーションが完全な東北圏の訛り方をしていた。
「日本サーバー代表のぉ、少数精鋭で有名なロンド・ベルベット。そして、彼らを見送りに成田まで出向いたプレイヤーの皆さん。正確な人数はわかんねず、でも三十人……三十人くらい」
息を深く吸い、か細く吐き出し深呼吸をした。それに合わせ見学しているプレイヤー達も息を揃える。
「行方不明、です」
その一言には、彼女なりの重みがあった。
「敵の目的も、事件の全容も、なーんもわかんねぇ。教えてくれたのは、成田に行っていて無事だったみんなだったなっす。ほんと無事でよかった——この後、報道はどうなるかなんてわかんねず。わたしたちの証言だけが、事件を……事件に……」
事件が報道される気配は無い。映像証拠が無い今、人々の証言だけで集団拉致事件を公開してゆくことになる。
しかし、とプレイヤー達は二の足を踏んだ。
「たぶん、リアルでカムアウトしてる人なんて、ほとんどいねっと思う。きっとゲームプレイヤーだというのを隠してて、わたしも……わたしでも、家族には言えてねぇっす」
彼らの思いを小さな彼女が代弁した。
「わたしはバレたくねぇず! みなさんも、ロンベルのみなさんもそうだと……思う、んです」
一旦、低身長にしては大きな手のひらで顔をペタペタと押さえてからアイアメインが仕切り直した。
「皆さん嫌ってほど感じてる通り、こめかみに埋めている機械は、こっぴどく……目の敵で」
くりくりの金髪でこめかみを隠す動作をしながら、アイアメインはがくりと俯いた。リスクを背負って快楽を得てきた観客らも、そのリスクが拡大することを恐れるように表情を曇らせている。仲間意思はある。連れ去られた仲間を思い、怒りが込み上げる。しかし、と首を振った。
冷血と言われようとも、彼らは今の生活を守るという選択を優先させることになった。
ネットアイドルが叫んだのは、その免罪符だった。
「だからどうか、被害者の情報は拡散しないでください! 警察は動いてますっ! 脳波コン持ってる人たちだけで、みんなでボランティアしましょう! 探しましょう!」
周囲一帯から大きく歓声が上がるが、困惑の声が無いわけではなかった。
「マスコミにさ、ロンベルのこと聞かれるとするじゃん。『すごく人当たりのいい人たちでした、なんであんなことに~』なんて答えるつもりなんだけど……」
「だぁっから~、マスコミとかにリークするなって話したばっかりだろうが!」
「絶対誰か漏らすって!」
ざわめき出す広場の騒動は収まらない。これといった対抗手段が見つからないまま、烏合の衆と化したプレイヤー達の相談会は時間だけが過ぎていった。
「確かに拡散しないってのは理解できるんだ……」
「なんだよ、不満なのかよ?」
集団から少し離れた位置に立っている男性プレイヤー達は、どこか他人事のようにその様子を見て話していた。装備はどれもシンプルだが実践的で、肩回りはスッキリとしているが、下半身は剛勇である。
そして、全員が例外無く巨大な大剣を背負っている。
「だってよぉ、アイツが言ったのは自分達とフルダイブのネガティブイメージを広めないでくれってことだろ?」
青年と成人の間のような顔立ちの彼らは、ストレートな意見を広場の隅で隠さず発言した。
周囲に居る集団がちらりと彼らを見ては、視線を戻す。聞かなかったフリをする野次馬達は、決して優しいのではない。話題の彼らが殺気立っているのを察したからである。
「ガルドさん達のことなんか、ホントはどうでもいいんだろうよ」
彼らは空港で実際に彼に会い、その後の騒動に巻き込まれて無事に帰還した十数名の内の三名であった。




