187 あいにくと大会どころではない
暗闇の中、五里霧中だったころから比較すれば明るい気持ちでいられる程に、彼らは外部の状況を理解できた。解決に向けて外の力を借りなければならないことも、それをただ待つことしか内側では出来ないことも分かっている。
故にロンド・ベルベットは不安感が払拭されていた。ジタバタしてもしょうがないという意見で満場一致となったのである。
そうなると自ずとやることは限られてくる。なにしろブラックキューブの中に閉じ込められており、フロキリのワールド内だというのに装備閲覧もアイテムボックスも開けない。
「暇だ」
暇とは言うが、残してきた家族に伝言を頼むなど、閉じ込められた彼らにも仕事はあった。脳波感受で文章を空に打ち込み、それを逐一阿国がスクリーンショットで書類化している。ガルドは父とその上司に軽くメッセージを伝え、その他は全て一任した。
それも、親交の幅が狭い彼らはあっというまに済んでしまう。
「作戦会議でもする?」
自ずと雑談などに流れが変わっていくが、テンションは当然のように低い。いつもワイワイと明るい彼らにしては珍しく、あからさまに暗い声だ。
「嫌というほどしてきたし……理由が……世界大会もさぁ、言いにくいけど……オジャンでしょ」
夜叉彦の発言を皮切りに、ギルドの雰囲気はスライム状に形状崩壊を始めた。
「認めたくないぃー!」
「こんだけ頑張ってこんな結末かよ……」
「……この暗闇に押し込められてから、そうなる可能性があるとは思っていた……」
「う~……なんなんだよっ、やるならもっと大手のゲームにしろよ、なんでこんな過疎ゲー狙うんだ!」
「嫌じゃん! ウチらあんだけ調べて、練習して、頭ん中作戦でビタビタにしてさあ!」
「そうだ、諦めきれんぞっ! 俺たちは飛行機を待ってただけだぞ! なにもしとらんだろ!」
「でもこうなった以上しょうがないかもなぁ」
「これだけ事件性のあることになったんだ、大会などという娯楽を行っている場合ではない。運営存続の危機でもあるんだぞ」
マグナの最後の一言に、全員が無言でうつむいた。
「なくなっちゃう?」
「だって、なぁ。拉致事件だぞ、俺たち今ロシアだぞ」
「テロなのか?」
「テロじゃないとしたら陰謀とか。え、なんかさ……ハリウッド映画みたいじゃん?」
メロの発言は良くも悪くもロンド・ベルベットらしい自由さを秘めている。ガルドは悲しみに暮れる中で一瞬ふわりと笑った。
「ははは、俺たちヒロインボジション!」
やけになった榎本が笑う。仲間たちの声のトーンがどんどん明るくなってきた。
「拉致られてさぁ、時計塔とかに荒縄でぐるぐる巻きにされるんだよ! んでヒーローが颯爽と現れて……」
「がはは! そりゃディンクロンと阿国だな!」
「迫力あるなー」
「ヒロインなんて望んでねぇって! でもしょうがないだろ。突然ぶつっと意識が途絶えて、起きたらこんな暗闇で……パニックになるに決まってんだろ?」
榎本のその発言に、直前のことを仲間内で共有し合い始めた。
「あれって一体どういう仕組みなんだ?」
「え、クスリとか」
「いや、ここにこうしてアバターのようなそうでないような感覚の……オフラインゲームにでもいるような感じでいるわけだからさ、つまりこめかみ経由でしょ」
夜叉彦の推理にマグナが技術的な憶測を補足する。
「恐らくその筋で合っている。ここは物理演算など何もない、ただの『住所の数字』だけの空間なんだろう。上に建物の無い土地のような、いや、三次元ですら無い」
「おーっと、とうとう俺たち二次元の住人かよ!」
「望む世界じゃないの? マグナ」
「大昔のウェブサイトみたいなものだぞ。そこと感覚しているだけで、俺たちは三次元の体と脳を持っている。生きているからな。感じられるのが二次元に限定され、その上その二次元はただの『そこに二次元空間がある』という情報だけだ。床もない、天井もないのがその証拠だろう。こうして会話できるようになったのは、阿国が二次元の住所を三次元の箱に入れてくれたからだ。そうだな?」
<なかなかいい推理ですの。かいつまんで噛み砕くとそんな感じですの。補足すると、ガルド様そのものが二次元なのではなく、脳が二次元しか感じられない状態ってことですのよ。何故か知りませんがアンタ達、オンライン上のフロキリに一度接続した後ローカルネットにくっつけたまま放置されておりましたの。きっと……バイタルやフルダイブ機の維持に回線が必要で、それはVPNにして見えないよう隠してるんでしょう。さすがのワタクシも今すぐにそれを暴くのは無理ですの。でも特にファイアウォールの無い無防備なローカルをフロキリに再接続するなんてこと、朝飯前ですの>
「長い、難しい、三行でまとめて」
<救出は無理でも避難誘導くらいはできる! 二次元はあなた達の目と耳と口だけ!>
「なるほど、半分だけ分かった!」
「すごい……なんか映画みたい」
「あーパクった!」
「しかしどうやってだよ。フルダイブ機なんてデッカイの、ラウンジに無かっただろ?」
「うーん、無線とか?」
「ありえないってー。無線で受け取れるデータ量って毎分フロッピーで言うと一枚分だって聞いたことある」
メロのその例えに、ガルドが引っ掛かった。




