186 娘に自由は要らなかったのだと
成田から既に拉致された被害者達が移動していることが判明し、スタッフ達は二手に分かれ行動を開始していた。他の公的な組織に追跡を任せてはいるものの、空港の情報収集はまだ中途半端な状態である。そちらの調査を継続するのは決定事項だ。
最前線に九郎の手の内の者が居ないのは危険だった。二分してでも情報を漏らすことなく九郎に集まるような布陣を敷く。
「頼むぞ」
「了解です!」
空港に残るメンバーを指揮するポジションに就いた若い社員、三橋が元気よく返事をした。痩せていて頼りがいはない。しかしボス九郎は、彼が意見を物怖じせず言えるタイプであることを高く評価した。
「相手は無人機を駆使してくるサイバーテロリストだ。しかし目標はアナログで予想しづらい。油断するなよ、敵はアジトの場所に関係なく全世界に攻撃を行える。またここを狙う可能性も残っている」
「心得ています」
「よし、では三橋に以下の部下の指揮を一任する。報告は随時だが、判断はお前が速攻で下せ。出来るな」
相談し合う暇の無いような状況に置かれることが前提である。それは今までにない緊迫感を生んだ。
ごくりと唾を飲み込み、若手の部下・三橋が頷く。その様子を後方で見つめる佐野は、希望を込めて横顔を見つめた。
彼には重荷に感じるかもしれないが、佐野はそうせずにはいられなかった。娘をさらった犯人への道は多く欲しい。重たすぎるほどの期待を、折れてしまいそうな細い肩に乗せる。
隣に立つ久仁子という協力者の、鉄でできた鎖のような追跡路と比較するとミシン糸のような細さだ。いつ切れるか分からないほどの極細のルートは、それでもボスが部下四人を人員から割く程度には重要視されるものだった。
声はかけない。
三橋の教育係を始めてからずっと共にいる佐野は、この男が有能で粘り強い調査員だと知っている。一度自分から申し出た調査は、プレッシャーなどで投げ出すことは無い。佐野にはそう断言できた。
「佐野さま、みずき様から言伝てが……」
「みずきが!?」
隣からその久仁子に声をかけらる。コミュニケーションがとれること、そしてみずき達「被害者で最重要とされているらしい六名」が無事であることは分かっていた。脳波感受の機械を埋め込んでいない佐野は報告書待ちだ。
「はい。『驚いたと思うけど、すごく良くしてもらってるから大丈夫。心配かけてごめん』とのことでしたの」
「そうですか、ああ……みずき、怖いだろう、辛いだろう……ごめんなぁ、父さんがついていれば……」
後悔の念が渦巻く。仕事を休んでハワイに一緒に行っていれば。いやそもそも、ハワイ行きを止めていればこんなことにはならなかったはずだ。
佐野は娘を自身で管理しきれなかったことを、強く後悔した。




