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184 知られたくなかった

 どん底な暗闇に特徴的な言葉使いの文章が現れた。唐突に、颯爽と。

 ポップアップでガルド達の前に現れたのは、語尾に「の」が特徴の救世主だった。名乗らなくてもわかる正体も、言葉の画面にしっかりと刻まれている。宙に浮く半透明のそれを縁取る枠に埋め込まれた名前の漢字二文字は、一時期見るたびに恐怖したネットストーカーのものだ。

「阿国」

<ガルド様ぁ!>

 驚きながらガルドは名前を呼ぶ。ポップアップは見慣れたフロキリでの書体と色で、眼前に一定距離を保ちつつ浮いていた。

「ほぉ、随分早かったな。もう救援か」

<ふふん、ワタクシの手にかかれば……>

<早速だが>

 被せるようにポップアップが二重になり、上に被った発言が話題を強制終了させる。その名前にギルドメンバー全員が納得した。

「ディンクロンか。なるほど」

「阿国とディンクロンのコンビか~。すっごいね。なんか強すぎない?」

「な。敵に回したくない」

 口々に感想を呟き合うロンベルの能天気な様子に、ディンクロンはリアル側でため息をついた。

<お前達は今ロシア領海の上だ>

「ろしあ」

「おそロシア!」

「がはは! そんなこと言ってる場合か!」

 メロの親父ギャグにジャスティンがウケつつツッコミを入れ、暗闇の雰囲気が一気に中だるみする。不安感は吹き飛んでいた。

<能天気すぎるだろ、お前達。仮にも拉致真っ最中だぞ>

<ガルド様、安心なさって! 既に我々と、オマケの米軍が動いてますの!>

「だろうと思った」

「おいおいガルド、こいつを信用しすぎるなよ。阿国だぞ。あの阿国なんだぞ」

「でも大活躍だな!」

<ええ、ええ! もっと褒めなさいオマケ達!」

「はっ、この空間からリアルに戻してくれたら、頭なでなでして褒めてやるぜ」

<むきー!> <いらん!> <無理だってわかってるくせに!>

 榎本は相変わらずキザに加えてからかいを忘れない弄りを阿国相手にしてみせた。即座に現れた三つのポップアップが怒りをあらわにしている。最初の二つは特大サイズの表示になっており、阿国らしい苛烈な様子だ。

<既に米軍が独自に輸送機を追っている。本来は日本国として処理すべきことなのだろうが、根の深い事件だから期待するな。しかし、監視しきれなかった時間帯にお前達を下ろした可能性が無いわけではない。その輸送機が『衛星への情報中継機』である可能性だ。安心するのはまだ早いぞ、少し自覚しろ>

「報告と情報収集、感謝する。しかしこうも暗闇でコマンドも何もできないようでは、することがない……」

 マグナの言うコマンドの不具合が咄嗟に分からず、ガルドは手の平でこめかみのあたりをぺちぺちと二回叩いた。耳の中に入った水を叩いて出すようなその仕草は、ログアウトを始め「ポーズメニューの一覧を表示」するためのジェスチャだ。

 当たり前だろうが、何も出なかった。まず体がリアルと同様みずきの姿をしている。その時点でフロキリではない。

「ここはフロキリじゃない……体がリアルと同じだ」

<……なに?>

「おお、そちら側ではどういう姿でモニタされているんだ?」

 疑問の文字を投げたディンクロンにジャスティンが質問で返した。

<モニタなんて出来てませんの。あなたがた全員、オンラインのゲーム空間ではなく『箱庭』のような場所に接続されていて、それをワタクシがフロキリの中にそっくりそのままぶちこんでますのよ>

「フロキリにいるのか、俺たち!」

<存在しないはずのエリアごと入れたせいで、俺たちもこうして文章でしか連絡できない。アドレスさえあればアカウントを持つ我々はお前達のやり取りを文章で感知出来る。(音響の接続)が無いせいで音は不可能>

 その文章を読んだメロが、試しに手をぱんぱんと鳴らして音を出力しながら話した。

「じゃあガルドの歌聞こえなかったんだ。残念だね~」

<全くですの。でも貴方が拍手モーションしてることは分かりますのよ? 文章化された行動ログで出ますもの>

「おおーなるほどー」

「それってデバッグモードみたいに何でもかんでもログにだす、アレ?」

<そう、アレ。行動ログとお呼びなさい?>

<とにかくだ。しばらく辛抱しろ。外からお前達を救出する手はずは進んでいるからな>

 そのポップアップはまだ途切れない。大量の改行が続き、その長い余韻が「言いづらい」という感情を伝えていた。六人がそれぞれその文をスクロールする。

<……あともう一点。かいつまんで『元気そうだ』とだけ報告したが。どこまで秘密にすればいい?>

「え、誰に? どこまでって?」

 夜叉彦が震えた声になっていう。嫁に内緒で来ている点を不安がっているのが、姿は見えないが、ガルドたち六人にはすぐに感じ取れた。

<私はお前達の救援を()()で許可された株式会社の社長に過ぎない。個人情報の保護の度合いは政府管轄より融通が効く。お前達が望むなら、嫁にも子どもにも黙っていてやる。ただし……>

「頼むっ黙ってて、黙っててえ!」

「金でも積めというんか!? 払ってやるぞ、いくらだ!」

「あはは……」

 嫁と子どもにバッシングを食らっているジャスティンと、嫁が詳しくないのをいいことにごまかし続けてきた夜叉彦が騒ぎだした。メロも苦笑いのような声をあげており、ゲームの世界大会で海外旅行するというのを伏せていることが窺える。

 ガルドは家庭の事情を本人に聞いたりはしなかったが、おおよそのことは把握していた。

 自分も現に黙ったまま来た。ゲームプレイをしていることは教えたが、今回の旅行は「彼氏とお目付け役の三人でハワイ旅行」だ。黙っていてほしいと願う。

<黙っていてやると言っただろう。ただしスタッフにはお前達のことを話さざるを得なかった。すまんな、ガルド>

「は」

 間の抜けた声が出てしまい、ガルドは口を片手で押さえる。

 謝られた。何故だ。

<お前の名前を前もって知っていれば良かったんだが>

<ええ、とってもキュートですの! みずき様っ!>

「ああ~阿国にバレた~」

 榎本がそこに悲観している。ガルドが男だからこの形に収まっていたのを、本来の性別が知られたことで阿国がどう反応するのか。以前から問題視されていた案件だ。

 しがしガルドはそんなことを無視したまま、ディンクロンの不気味な発言文章を凝視していた。

「どういうことだ、ディンクロン」

<部下の佐野を現場に呼んでしまってな。今我々は成田にいる>

「おい、ちょっと待て」

<位置情報予測では味方機の到着の方が……>

「そんなことどうでもいいって!」

「部下の佐野?」

「部下って何。佐野ってガルドの佐野?」

「お前の部下が佐野ということか、ディンクロン」

 仲間達がすかさず次々に質問をぶつけていった。ガルドは一人、固まりつつある思考を必死に走らせた。

 そしてひとつのキーワードが浮かぶ。

「……けいび?」

<そうだ。私は『日本電子情報警備株式会社』の社長をしている>

 ひゅ、と息を飲む。聞き覚えのある会社名だ。

<お前の父親には世話になっている……まさか娘だったとは夢にも思わなかったが>

 初めから暗闇の中に居たガルドの目の前がさらに真っ暗になる。ディンクロンのチャットポップアップに焦点が合わなくなり、やがて無意識にぎゅっと目を瞑った。

 つんだ。その一言が頭を占めた。

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