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179 名前が響く。音が響く。

 阿国のぶつぶつと続く独り言をBGMに、話をふったはずの九郎はひたすら作業を進めた。映像の解析が進み始めており、報告として上がってきた一般搭乗口のログを注視している。

 ハワイ行きの便に乗るための搭乗口には、見知った顔など影も形も無い。オフ会によく参加する鈴音やロンド・ベルベット・レイドチームの顔は把握しており、そのなかで現地入り予定だったボートウィグや、他数名の付き添い人も居ない事に気付いた。

「やはり乗っていないか。しかしどこで拉致られた……オレンジカウチの一件直後に監視カメラへの介入が始まっているようだが、騒動のあったエリア、ロンド・ベルベットの居たファーストクラスのラウンジ……一般審査エリアはどうだ?」

「汚れが薄いので、もうすぐ顔が認識できるレベルまで復旧できます」

 大きなヘルメットのような機材を頭に被った若手の女が返事をする。佐野の下に配属されている解析班の大柳だ。

 目まで隠れたその顔をボスに向けた。視界の優先度をリアル・脳波共に平等にすることで、こめかみ経由の映像と目を優先させた映像の両方が閲覧できる。強化された|ヘッドマウントディスプレイ《HMD》の最新鋭機種だ。

「ある程度色が判別できるレベルで構わんが……そうか、やつらの服装の情報も無いな。見送りメンバーへの聴取はどうだ?」

「聴取もなにも……」

 阿国はため息をつきながら、写真から目を外さずに呟いた。

「あいつら全員、一人残らず帰宅しましたの。それでもって、フロキリにログインして人を募ってる最中。人手かき集めて外鯖(他国サーバー)のプレイヤー達と連携して、情報収集と実力行使するって息巻いてて……レイド、もしくは攻城戦のつもりですの」

「何?」

 思わぬ阿国の言葉に、九郎は目を丸くした。

「わざわざ連休初日に成田まで見送りに来るような、情熱的なファンプレイヤーばかりですのよ? あいつらも怒りが抑えきれないってわけですの」

 オンラインでの繋がりはリアルより希薄である。これは常識であり、困ったときに何より優先して行動する相手ではないとされていた。

 オンラインゲームはそのなかでも比較的濃い付き合いのできる媒体で、それでも突然音信不通などよくあることだ。ギルマスが何も言わずに引退することも多く、そうして様々なギルドが分裂と結束を繰り返す。

 ディンクロンとしてその薄い関係を見てきた経歴が、プレイヤーたちの行動を異様なことだと教えてくれた。

「なぜそこまでする。たかがゲームだ」

「ワタクシやあなたがここに居るのと同じ動機ですの。自分達の大事な居場所のために。お金で解決できるならいくらでも払うのに、それじゃダメだから、もうやるしかありませんの」

 真面目な顔をした阿国が、するりと写真を撫でた。

「ワタクシ、まだこの子の姿を見ておりません。ガルド様はワタクシにとって特別で、その特別を()()()くれたこの子も特別な人。その子を隠すなんて! この沸き上がる愛が、犯人への怒りに変わって……」

 阿国は涙を静かに流していた。ひそやかに、しかし恥じることなく頬に一筋の線を刻んでいる。そして怒りが表面化したのか、瞬間、くっきりとしたルージュが歪むほど唇を強く噛んだ。

 そして聞きなれない男の声が響く。

「お待たせしました!」

 空港職員が業務準備に使用しているバックヤードに、本来の使用者が一人、小走りで滑り込んできた。手には紙が握られており、それが目的の情報を出力したものだとわかる。

 息を切らしながらやって来た彼の手から、九郎率いる日電警備スタッフでもっとも端に立っていた三橋(みつはし)が紙を受け取った。

「え、どれっ!」

 ホチキスで綴じているその紙束には、あの時間帯に審査を通過した人間全てが書かれているらしい。膨大な人数のその名簿に三橋が悲鳴を上げる。

「ら、ラインした十二名が被害者、一番若いのはピンクで……」

 勢いよく二枚目、三枚目と捲る。

「えっ?」

 三橋が表情を変えた。

 そこに大股で詰めた九郎が、資料を奪うようにわしつかむ。

 急ぎナンバーの管理センターに照会申請をするはずの三橋は、その動きをピタリと止めた。目を大きく見開いたまま、頬が強張り不自然な姿勢だ。

「ちょっと三橋、センターに口添えしてたのアンタでしょう。早く!」

 側にいた大柳が背中を小突くが、反応がない。

 その様子を確認したボス九郎は、部下達に背を向けて照会手続きのために通信を開始した。

 非情かもしれない。

 九郎は部下三橋が凍っている理由を瞬時に理解した。それでも、連絡を入れないわけにも、感傷に浸るわけにも、もう一人の部下に今説明するわけにもいかなかった。

 急いでいるのだ。部下より事件解決を優先させる。九郎の心を焦りが埋め尽くす。

<はい、個人番号照会センター緊急対応デスクです。照会依頼発注は……>

 センター側の長ったらしい自己紹介を聞きたくもないと被せるように、九郎が早口で用件を述べる。

「三橋の名で口添えは済んでいるだろう。割り込みだ。顔画像は送信済みだな、氏名は……『佐野みずき』だ。佐藤の佐、野原の野、みずきはひらがな。一分以内に頼む」

 彼が背を向けた方向から、何か大きなものが固い床に落下する音がした。

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