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178 恋する阿国

阿国(おくに)

「はっ……はぁっ……しゃ、写真……」

 息切れしたワンピースの女が、鬼のような形相で警備会社の社長を睨んでいる。その様子に部下達は引きぎみに警戒したが、どうもボスとは顔見知りだと気付き、そのまま仕事に戻った。

「写真、寄越しなさい……見せなさいよっ!」

 アイメイクがよれて若干パンダのように滲んだ女は、アラフィフという表現が適した年齢であった。顔は美しく保っているため若く見えるが、首と手が年相応であると主張している。

 さらに後ろから白髪のお婆さんが走ってきているのに気付き、ボスである九郎がぎょっとした。金持ちだとは聞いていたが、婆や付きのお嬢様だとは知らなかったのだ。

 嬢という年齢ではないが、婆やのいる女性はお嬢で間違いない。そう思いつつ、凄みの効いた目線を怯まず受け止めて「来たか」と返した。

「しゃ、写真! 写真寄越せ!」

「……ほら」

 手にしていたファイルから写真を一枚取り出して渡してやると、汗だくの阿国が素早くひったくる。

「……あ、ああ、あわあわわ……」

 震えながらそれに見入り始めた女を無視し、九郎(くろう)が部下に進捗をたずねた。

「名前、分かったか?」

「空港側で、個人情報がどうとかで(上層部)とバトってくれてるみたいです」

「クズだな」

「うわーボス辛辣ぅ」

「確かに我々警察じゃないですしね。協力者扱いでしゃしゃり出てるっていうか……」

「委託されてるんだから警察でいいよもう。こんなんだから日本遅れてるんだよ。なー」

「ねー……おっとっと、釣られちゃった! ほらほら、口より手を動かそうね?」

 写真を手に震える阿国を尻目に、チームは一丸となってガルドの本名調査と監視映像修復、そして音声データ収集を行った。

 音声データの追跡はラウンジから社員用バックヤードへと侵入しており、その後空港の建物から離れて屋外に出るルートを進んでいるようだった。しかし途中でプツリと切れている。その理由を探る必要があった。

 部下達は着々と敵の進行方向を絞り始めている。ここにガルドの現在位置情報、映像の情報を組み合わせれば正確に「敵」までたどり着けるだろう。

海保(海上保安庁)と警視庁に話をつけてきた。人員と機材は二時間で到着する。喜べお前達、海外に行けるぞ」

「仕事でなんて行きたくないです。彼氏とがいい……」

「大柳、しーっ! 心の中で思ってなさい!」

 オブラートをわざと破って話す女性部下を、気の利く佐野が小声でたしなめた。


 阿国は、人生二度目の恋に落ちていた。

「ああ、あわわ……なんてこと……」

 カメラに気付いていない様子の少女がインクジェットの普通紙にプリントされている。隣に座る男の話に耳を傾けているかのような仕草の彼女は、うっすらと笑いながら伏せ目がちにそちらを眺めている。長い睫毛と日本人離れしている目鼻だち。そしてマットな唇が小さな顔にきちんと収まっていた。

 化粧っ気の無い学生然とした風貌の彼女が、ガルドなのだという。ガルドが女で、未成年と成人の境目ほどの年頃で、なおかつ愛らしいのだ。

「天使?」

 あの筋肉で武装したかのような獰猛な姿をしたガルドは、阿国にとっては「白馬の王子」だった。しかしこのリアルのガルドも、白馬に乗って颯爽と駆けつけたらさぞかし美しいだろう。その馬に羽か一角がついていればなおのこと良い。一角でも彼女なら大丈夫だ。処女以外を殺すその精霊馬でも、この写真の彼女を愛し寄り添うことだろう。

 阿国の心は、ガルドに恋した瞬間とは全く違う気持ちで溢れていた。愛は愛だが、大きな肩に感じる「強く抱き込まれたい」気持ちは無い。

 あるのは、その小さな頬を優しく撫でてそっと抱き締めたいという類いの、「慈しみ愛し愛でたい」という欲望だった。

 アバターガルドの時に感じていた圧倒的な英雄感が薄れており、それがかえって第二の恋に陥った原因でもある。阿国は震える声でぼんやりと呟いた。

「美しすぎますの……ああ、おなまえ、なんという子なのでしょう……」

 単純に阿国は、容姿に一目で惚れ込んだのであった。

「今それを調べているところだ。しかし、お前ほどの奴がガルドの個人情報を知らないのか」

 側で部下達を眺めながら九郎が問う。

「何度も調べましたの! その度に他の厄介な宿敵どもにニセ情報掴まされ、本当らしい情報も信じられなくなりましたの。いろんな情報が飛び交って、どれが本当かなんて不明で……『実は格闘家で、幼い容姿の女性と結婚して横浜暮らし』という話まで、まるで真実かのように出回ってましたのよ」

「ふざけているだろう」

「だって! 写真まで見させられて、全員真面目に信じてましたのよ!」

 九郎が呆れた声でため息をつく。阿国はすぐに牙をむいて反論した。

「だって、誰も想像できないですの! あの古風で無口でナイスなオジサマが、ちっちゃくてかわいくて天使のような美少女だなんて!」

 嫁がいるらしいという噂に失恋旅行までした程、ガルドに入れ込んでいる阿国である。今になってガルドのプレイヤーが女だと知り、写真を見た直後はかなり混乱していた。

 それでも「チャンスが残されている」という事実が彼女の心を少しずつ落ち着かせる。

 この年齢ならば結婚はまだのはずだ。そして、婚姻の法律が改正された今、女同士でも問題なく結婚できる。

 諦めていた夢が叶う可能性が残されていることに、脳内シュミレーション通りである阿国は逆に冷静になってきていた。

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