17 戦士たちの宴は
「じゃ……」
思わずみずきの口から、名前が突いて出てきた。ジャスティンは小柄なアバターで、まるでゆるキャラのようなフォルムをしている。まさかリアルの彼が自分より高身長だとは思いもよらなかった。その驚愕が顔にも出ているだろう、慌ててみずきはキュッと口を引き締めた。
「じゃ?」
繰り返しでジャスティンらしき男が聞き返してきた。
「じゃ、ジャス」
一瞬つまづいたが、みずきの口からは思うよりもずっとするりと声が出た。息をするようにすんなりと彼をプレイヤーネームで呼んだ。
海外遠征に強く行きたいと望んだ時から、みずきはずっとこの日の事を考えてきた。不安ではあったものの、信頼もしている。きっと大丈夫だ。特にジャスティンは男女の違いを考えなさすぎる、デリカシーのない男だ。
正面に見据えた男をもう一度よく見た。アバターのジャスティンより清潔な身なりをしている。奥さんに服を見繕ってもらっているのだと聞いていたが、そのつるりと地肌が見える頭皮も一因だろう、とみずきはじっくり見つめた。
見事なスキンヘッドだ。ヒゲはもみあげのあるべき辺りから端のもみあげまで続いており、鼻下にも続いている。長さが整えられており、汚い印象が全く湧かないのも同じくジャスティン夫人の尽力なのだろう。みずきは感心しながら、男の反応を待った。
「おおぅ!?」
アバターでは見慣れた言い方で、見慣れない熊のような大男が驚いた声をあげた。
「リアルでは、初めまして」
「お、いや……ん?」
ジャスティンはそのまま固まった。シワの刻まれた目元がパチパチと瞬きだけ繰り返している。反応が無いままみずきは続けた。
「黙っていたこと、謝らせてほしい」
ジャスティンを落ち着かせるためにも、みずきは最初に謝ることにした。頭を下げる。一拍のあと、顔を上げて彼の目を見た。
「は?」
彼はさらに混乱したようで、表情がいつもよりぼんやりとしている。目の焦点が若干合っていない。
思考停止したジャスティンを、みずきはオンラインで何度か見たことがあった。老舗ゲーム開発会社が倒産したときや、有名人が亡くなったときなどだ。髭モジャオヤジがチワワのように見えてくる、とギルド内でも人気だった。
「ジャス、取り敢えず待ち合わせの店に行こう」
「お、おお」
このモードのときは、指示すれば指示通りに動く。みずきはそのまま目的地まで先導し、自分に着いてくるように指示をだした。ジャスティンは大人しく後ろを着いてくる。心配になったみずきは、幼子に諭すような内容を真面目に振った。
「……知らない人間について行ったらダメだぞ、ジャス」
「あ、ああ」
「自分はガルドだから良い。他の、知らない人は……」
「がっ!?」
みずきが言ったプレイヤーネームを聞き、ジャスティンは大声をあげ立ち止まった。ストップしたジャスティンに倣い、みずきも立ち止まる。ジャスティンは口をあんぐり開け、目の焦点をしっかり合わせながら近付いてきた。
「ガ、ガ、ガルドだとぉ!? おま、おい、どういう……未成年か!」
「ああ」
「学生、いや女子高生か!」
「ああ」
「JKか!」
「……ああ」
なぜ言い換えたのだろう。みずきは不思議に思った。
待ち合わせの時刻を五分ほど過ぎても、ジャスティンとガルドは店に着いていなかった。方向音痴のジャスティンの遅刻は予想範囲内だが、時間感覚に優れたガルドの遅刻は珍しい。榎本は定時を過ぎてからちょくちょく時計を見て、とうとう口に出した。
「ガルドのやつ、遅いな」
「待ってれば来るよー。それよりさ、後であれしようよ。スクランブルスピード!」
メロが敢えて話をそらした。土曜日の夜ということもあり、夜更かしする準備は出来ている。ロンド・ベルベットのメンバーが経営しているというのもあり、雑魚寝も出来るように寝袋がある上、ゲーム機も何台か置かれていた。フルダイブではないものの、ヘッドマウントディスプレイとTVモニターで見ることが出来る据え置きのゲーム機体だ。有名レースゲームやホラーゲーム、ガンシューティングや格闘ゲームのカセットが転がっている。その中でメロが指差したソフトは、宇宙をモチーフにした戦闘機レースゲームだ。
「ふっ、負ける気がしない」
「自信満々だけど、ホントに大丈夫か? 顔赤いけど」
夜叉彦がマグナの酔い加減を指摘する。ヘッドマウントでのVRは車の運転に近く、ベテランなら酔っていても大丈夫というわけではない。脳の調子が悪い時は控えるのが鉄則だ。
「これくらいで腕が鈍るほど耄碌してないぞ」
「ね、負けたら罰ゲーム! そうだなぁ……あれとかどう?」
そう言ってメロ指差した先は「熱々破裂! 爆弾ミートたこ焼き」だった。熱の冷めにくい肉汁を中央に閉じ込め、高温で揚げた一口サイズのそれは罰ゲームに最適だった。小籠包のように熱々の汁が弾け飛ぶ。続けて硬さのあるタコがやってきて、すぐに飲み込むという回避方法を封じてくるため、熱さに悶えながら食べなければならない。
「うわ、負けらんねぇな」
「スクスピ歴八年の俺に勝とうなどと思わん事だ……」
「リアルも変わらないね、みんな」
「まーね。夜叉彦も変わんないじゃん。ロンベルはロールプレイ無いって」
メロの言葉に、夜叉彦は「そりゃそうだね、ロンベルだし」と理論を理屈抜きで受け入れた。
ジャスティンは既婚者です。名古屋に一戸建てを構え、高校生の息子がいます。奥さんはジャスティンの豪胆なところに惚れておりサポートが上手く、息子は荒っぽく猪突猛進な父に反抗的ですが、性格は父にソックリです。