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169 エキストラ・マインド

引き続き第三者の一人称視点です。

 ラウンジのバイキングコーナーでらっきょうを三つとりながら、あの騒がしい一団の観察も再開する。おしゃれなノンアルコールを手にした美少女に見とれていると、ふと天井に警備用のカメラユニットが移動してきたのが見えた。

 一昔前の固定型監視カメラに、公衆監視防犯システムと自律型AIを混ぜて作ったキメラのようなものだ。犯罪の起こりそうなポイントを自分で判断して、勝手に動く。だが完全自律ではない。移動用レールを貼った天井の特定ルートを巡回する、さながら動く監視カメラだ。

 それ自体はいつものことだ。電車の天井にもついてる程、公共性が高いモデル。ハッキングに対する完全防御がウリだった。その、全く嘘としか思えない謳い文句に僕は騙されない。だが信用してる庶民は多かった。

 安心感を売り付けるというのが目的なら大成功だ。ため息が出る。

 それより僕が気になったのは、その動くカメラがピタリと静止したことだ。

「へぇ……」

 こいつが止まったところを初めて見た。僕はすかさず、写真を撮ろうとスマホを取り出す。まだまだ騒がしい一団の真上に待機していて、動く様子はない。

 一枚パシャりと撮るが、遠いせいか望遠が強く解像度が低い。しょうがないと諦めた。これ以上近づいて写真を撮るのは不審者だ。

「あんたのそういうところ、相変わらず下劣だって言ってんのよ!」

「うむ、その物言い見事にぷっとんだな!」

「ジャスぅ、ディスられてんの気づいてない?」

「ジャスティス!」

「唐突にどうした」

「ジャス・ディスるの間違いだろ」

「だー! どいつもこいつもマイペースなんだから! ガルドもジュースなんて飲んで優雅だし……かわいいから許す!」

「ぷっとんは相変わらずガルドに甘いよね」

「しゅわ」

 なんだか男子高校生みたいなノリをしたチームだが、なかなか楽しそうだった。スキンヘッドと髭の絶妙な組み合わせが厳ついおっさんと女性が反論しあいしつつ、しかし綺麗なシワを描きながら満面の笑みで笑いあっている。

 楽しそうだ。

 羨ましささえ覚えてしまうのは、彼らが「大人なのに子供のよう」だからだろうか。僕にはもう取り戻せない世界のように思えて、席に戻りカレーをかっ食らった。


 もぐもぐ咀嚼に集中していると、あれだけうるさかった声がぴたりと止んでいるのに気付く。やっと移動してくれたのか、と彼らが立っていたエリアを見るために皿から顔を上げて、ぎょっとしてスプーンを落とした。

 一団が薄気味悪く棒立ちになっているのが見える。

 「……え?」

 七人いるが、七人とも下を向いてその場で気を付けの姿勢で待機状態だ。

 あの女の子と、そばで彼女にグラスを渡した三十代くらいの男性二人ともが、持っていたシャンパングラスをだらんと下げて溢すのもお構い無しだ。

 なんなのだろう。

 思わず立ち上がって彼らの方に歩き出そうとした。赤の他人だが同じ日本人だ。外国人も多いこの広いラウンジで、僕と彼らには立派な共通点がある。声をかけるだけの理由になる。

 同じことを考えた人がいたのだろう、スーツ姿の男性が近づいていった。彼にも見覚えがある。

 そうだ、あの上品な仕事マダムが目配せした部下らしき人物だ。無個性な量販スーツと無個性な七三分けで周囲に埋没しているが、スーツの左腰内側に右手を突っ込んでいるのが特徴的だ。

 銃かなにかを握りしめたまま、男が歩み寄る。僕はそれがなおさら心配だった。精神状態と武力的危機は何の因果もないというのに、なぜそこで警戒して近付くのだろうか。

 やっぱり僕も声をかけよう。

 そう思って椅子から立ち上がった瞬間、七人がいきなり同方向へ歩き出した。ずんずんと、どこか体を左右に揺らし気味で。

 なんだあれは。まるでゾンビだ。

 しかし周囲は特に気にしていないらしい。彼らを観察していた僕は異様さがわかるが、普通の客なら、体調や精神障害みたいな何らかの理由を想像してスルーするだろう。その程度の違和感だ。

 実際彼らは姿勢悪く歩いているだけだ。ラウンジ入り口近くのエリアから、もっと奥のエリアに向かってゆっくり進む。

 スーツの男が「布袋(ほてい)さん!?」と声をかけるが、それを無視してマダムは他六人と同調していた。それがどこかSF映画の行進シーンのようで、思わずピンとくる。

 映画の中で行進していたのは人間じゃなかった。AIを搭載されたロボット兵だ。

「まさか……」

 彼らがなぜ突然無言になり、なぜ突然とりつかれたかのように歩き出したのか。その直前に見た天井の警備カメラユニットが待機モードでそこにいたこと。

 なんだかよくわからないが、なにか見知らぬ技術による事件の匂いだ。僕はそれを垣間見るエキストラかなにかにされている。

 思わず荷物もそのままに、彼らをダッシュで追いかけた。

 相変わらず僕ともう一人のスーツ男性しか彼らを注視する人はいないが、だからこそ僕が何かしなければならない。こういうとき無駄に判断力が冴えてしまう。

 あっという間に七人が「staff only」と書かれた扉の奥へ入っていき、僕と男性もそれを追った。入ってはいけないエリアに踏み込み、ふと躊躇する。

 追いかけて、そして? なにをするっていうんだ。

 そこまで考えながらとりあえず駆け寄る僕の真上に、きゅるきゅるというようなタイヤの擦れる音が響く。

 ああ、そういえば犯人を捕まえるのが最初だったかな……なんて思いながら、僕は




 こめかみが びりりといたんで

 ゆかにあたまをぶつけた 



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