165 加速と焦り
高速道。モノトーンの流線が加速しながら地を駆けている。
ロンド・ベルベットと接触するという女に気を利かせて通信を切った状態の男は、ふと彼女のコンディションに違和感を感じた。
「ん?」
脳波の感受で感知するエリアの色彩が赤い。まるでふと見た手の平が血に染まっているかのような強烈な違和感に、男はぎょっとしてそちらを注視した。通常であればグリーンの丸でマークがつけられているはずの彼女が、赤丸に斜線が引かれたものに変更されている。
「オフラインだと? おい、どうした」
返事がない。無音、一向に反応の無いその様子に、男はじれったくなり脳波感受と繋がない外部端末の番号を同時に呼び出しコールする。
「おい、布袋!」
脳波感受でつい先程まで通信していた相手のはずが、呼び出してもレスポンスが無い。
「布袋、報告しろ、何があった!」
聞こえてくるはずの女の声は無い。文字もなかった。
男は、反応が無いのを脳波感受でもって予感していた。通信の閲覧近くに女が居る気配が感じられない。それは感受コントローラ持ちならではの、個人が持つ存在感を読む感覚だった。
「通信が弾かれて、いや意識がないのか?……ちぃ、空港の映像も駄目か!」
空港に敷き詰められている監視カメラの回線に、手慣れたように不正侵入する。
しかしどれも砂嵐状になり食い込めない。
この症状には経験則で見覚えがある。外的要因、つまりハッキングを受けているときの様子だった。
「くそ!」
緊急事態だ。男は、先程のオレンジカウチ騒動とは比にならないほどの焦りを感じた。心臓が一回どくんと跳ね、首の力が勝手に強まり顎が上がる。
外付けパトランプの所持権利を奪われた自分を罵りながら、アクセルを加速させた。
同時に脳の中身を半分に割り、一つでは情報収集、もう一つでは周囲の車の自動運転システムを誤魔化すデータを送り込む。ルートは昔使用していた国発行の緊急用のものだ。
越権行為だが事後承諾させればいい。どうせ男には、こうしたことを厳しく注意する上司というのがいない。発覚した際の責任問題程度しか心配事がない上に、そもそもばれるはずもなかった。
マルチタスクで同時に処理をしている男の頭脳が——車へのハッキングをしているエリアが特に——チリチリと焦げ付く感覚に襲われる。本当に燃えて焦げているわけではないが、それほど摩擦しているようだった。
周囲の車が普段と違う動きを始め、音はないが、高速道が騒がしくなる。
男のハッキングが次第に効果を現し始め、二車線ある道路がじんわりと中央を空けた。分離帯から離れるよう指示を受けた自動運転システムが勝手にハンドルを小さく動かすのだ。
男は焦りと冷静さを上手く合わせながら、歯に力を込める。
インターチェンジまであと数キロあった。あとは周囲の一般車のハンドルをAI優先にしてやればいい。ガチリとハンドルを固定し、エンジンもキープ、衝突防止のシステムさえ生きていれば事故はない。
男はステアリングを握り直し、右足に再度ぐんと体重をかけた。
加速感、焦り、イラつき、焦げ付きがさらに力を重ねさせ、車体は二車線のど真ん中を滑るように抜けて行く。
布袋のオフラインが追っている本命の敵によるものなのか、オレンジカウチの件が余波をもたらしたのか。男は様々な仮説をたてながら急いだ。




