164 再びの、冬
「何でもいいが、飛行機まで一緒なのかよ」
榎本が文句をつけながら、ラウンジのウェルカムドリンク——炭酸水にレモンとオレンジの輪切りが浮かんだシャンパングラス——をテーブルから掬い上げた。二つ取り、隣のガルドに「ほい」と渡してやる。氷と黄色と橙色がキラキラとしており、ガルドはぷっとんに向けていた注意をそちらに持っていかれた。
からんという涼しげな音と、炭酸が弾ける音を聞く。ガルドはこういった心地よいものが好きだ。
一口飲む。
「しゅわ」
口一杯の爽やかな刺激をその一言で表現した。ふんわりとやってくる柑橘の味わいが心地よい。オレンジカウチに食らった辛い傷が、本物のオレンジの香りと一緒にあぶくのように弾けて消えていく。
「あんた達ともちょくちょく会えると思うから、一週間よろしくねぇ」
「まさかホテルまで一緒なのか!」
「え、さすがにフロアは違うけど? フツーのランクのフツーのシングル。あんた達もっと上でしょう? あのホテル、値段ピンキリだから助かるぅ~」
「おおー! 向こうでディナーとかしようよ、ぷっとんといろいろ喋りたい!」
「いいねー!」
盛り上がるぷっとんとメロを、脇で榎本が渋い顔で見つめた。ただ純粋に気にくわないらしい。以前の茶会帰りに本人から喧嘩腰の理由を聞いていたガルドは、動機を察して苦笑いした。
ふと、この様子をどこかで見たような気がする。
シャンパングラスの向こう側で相棒の榎本が少し怖い表情をしているのを見つめながら、素早く二度瞬きをした。ガルドは炭酸の入ったグラスに唐突な既視感を煽られているのを自覚し、それがデジャビュというものだと思い出す。
懐かしさが何故かガルドの心を支配した。理由もきっかけもわからない。
そして、その感覚はフルダイブの時に感じるものだった。
フルダイブで感じる、あの擬似的でクリアな感覚。それはここではあり得ないだろう。ガルドはその不思議さに、思わず小さく首をかしげた。
「んむ……」
「どうした?」
「なにか感じる。懐かしいような」
隣の榎本が心底不思議そうな顔で首をかしげてみせた。
「来たことあるのか?」
「いや……フロキリを一瞬思い出した」
「ああ、こいつか?」
そうドリンクを目の高さまで上げ、ガルドを透かしてみせた。榎本のオレンジはどうやら分厚めに切られていたらしく、ランプのように濃い色をしている。
そこにガルドはまた既視の感覚を受けた。
青椿亭の優しいランプが視界にちらつき、仄かな花の香りが鼻腔を掠める。向こうの世界の気配がする。
ふとこめかみにぴりりと刺激を感じ、黒。
無音。
ガルドの記憶は、ここで止まっている。




