162 忠犬は野心と愛国心で爪を研ぐ
成田国際空港。高給取りだけが使用を許されるファーストラウンジ領域に、少々場違いな一団が立っていた。
その中で最も浮いていた仕事派マダムのぷっとんは、こめかみから細いコードを一本垂らしながらロンド・ベルベットと話し込んでいる。
「で? なぜここにいる」
マグナが仕切り直すようにそう質問した。年功序列を重んじ敬語を使用する彼も、オンラインの口調を維持して砕けた言葉使いにしている。
「仕事よ、仕事。ハワイでね」
ぷっとんがハイヒールを一度かつりと言わせながら姿勢を変えて向かい合った。その瞳はしっかりと前を見つめており、向こう側と同様に芯の強さが伝わってくる。
「ドンマイ」
「おつかれー」
「フム、見事に偶然だな! 俺たちも今からハワイだぞ!」
「偶然だね~」
ぷっとんがジャスティンにそう返事をするのを、マグナや榎本は疑いの目で見つめた。
<偶然なわけない>
<仕事かどうかも怪しい>
継続中の電子文章会話でそう話し合い、ぷっとんが何を企んでいるのか二人で推理した。
「ハワイに出張なんて、随分グローバルな会社だな」
「えへへ、こう見えてぷっとんさん、犬だから。わんわん」
「……お、おぉ」
「こっち側でそれされてもなぁ~。ああなるほど、身体年齢と精神年齢がマッチしないから向こうで幼女なのか」
「違うよ!?」
「違うの?」
「趣味だよ、遊びだよ、素かと言われたら疑問が出る程度には演じてるから!」
「ノリノリで犬の真似……いえなんでもないです、もう不毛だからやめよ」
ぷっとんはわざと犬だと自称し、口にはしないものの自らの職業をアピールした。そして、この場にいる全員がぷっとんの自称した犬の飼い主を察知した。若年のガルドも、そのあからさまな隠語には聞き覚えがある。小説で犯罪者が苦し紛れに言う台詞に出てきたことがあった。
難しい話も詳しい話も出なかったが、ぷっとんは政府の犬、つまり公務員ということらしい。詳しい仕事内容は誰も質問しなかった。




