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16 迷子と女子高生

 メロは、ギルドマスターをしていたベルベットと最も親密なプレイヤーだった。

 ベルベットだけが気付いていたガルドの秘密を、彼の引退の時にこっそり引き継いでいる。なぜ気付いたのかは言わずにギルマスは辞めていった。メロもそこまで気にしていない。だが事実を知った上でガルドを見ていると、分かりやすいほど彼は彼女に見えた。

 女性であることを隠そうとしているようには見えない。メロはそこが疑問だった。男らしくロールプレイすると生じる、がさつで乱暴な、女から見た男というイメージの動作が出てこないのだ。それでも男に見える。

 ネナベとしては異様で、だからこそ今まで誰も気付かなかったのだろう。メロはベルベットの性質も踏まえてそう解釈した。

 元ギルマスの解説では、ガルドは特殊な事情を抱えた人物なのだとされていた。「()きっと心は男なんじゃない? 私と逆で。でも染み付いた動作までは拭えないわよ。自覚がないなら尚更ね」と語っていたが、メロは違うんじゃないかと内心で否定した。だったらもっと女っぽさを消すだろう、と。それこそ典型的なネカマになるはずだった。

 だがベルベットの気持ちも痛いほど分かる。メロは持論を口にはしなかった。

 自然体で女に見られたいがために、自由であることをポリシーとしたために、ベルベットはずっと苦しんできた。その様子を間近で見てきたメロは、ベルベットがギルド:ロンド・ベルベットを作った日から自分にある決め事を定めてきた。その内容に基づいて、今日のガルドがどんな姿であってもいつも通り接する。そう決めていた。


「あ、すんませーん! 烏龍茶ひとつ!」

 榎本は酔いをコントロールするため、ソフトドリンクを頼んだ。

 そういえばガルドは今日は飲むだろうか、と榎本はドリンクメニューを眺めながら思う。頑なに拒否してきたアイツが酔ったところを今日こそ拝みたい。榎本は純粋に、ガルドをそのままの容姿のイメージで想像していた。

 炭酸水だのカプチーノだの、見た目が洒落(しゃれ)たものが好きだったな、とカクテル類のラインナップを見る。目に止まった美しい写真に、これなんて好きそうだと説明欄を読んだ。細身のグラスに赤く美しい炭酸ドリンクが注がれている。シャーリーテンプル。榎本は笑った。自分より年上のおっさんが飲むには女子力が高すぎる。

 体型は筋肉質じゃなくても文句は無いが、こういう場所には無精髭くらい剃って来い。そう榎本はガルドを茶化すつもりでいた。


 一方寒空の下で。

「ム……」

 秋葉原の大通り。かつて歩行者天国だったのだが現在は一般道路になっているその場所で、立ち尽くす一人の男がいた。

 往来のある街中であるから叫ぶことはしないものの、脳内はパニックだ。キョロキョロと辺りを見渡し、スマホの地図をひっくり返しては拡大縮小をかける。しかしどっちが北かもわからない。

 仕事でも家庭でも趣味でさえも、男には逐一道案内役がいた。一人で出歩くのは見知った近所のみ。遠出するときに誰もそばにいない状況は、もう何年もご無沙汰だった。位置情報つきマップを見ても、人に道順を聞いても迷う。右に行けと言われて左を向く男は、行き先を誰かに伝えて連れて行ってもらわないとならないほどの、重度の方向音痴だった。

 ゆっくり駅に向かって歩いてみる。違う気がする。慌てて右を向く。路地がある。こっちかもしれない。

 彼はそうして迷っていく。


「ギリギリ間に合った! すみません、予約しているものなんですがー」

 青銅の鈴がカランコロンと転がるような音を立てた。重そうなドアを開けて入ってきたのはスーツ姿のサラリーマンだった。客層からして珍しくはない。

 大きなビジネスショルダーバッグを提げ、グレーのコートを羽織っている。黒に限りなく近いアッシュグレイのフワフワとした猫っ毛をワックスで整えている。人懐っこい表情と触りの良いハキハキとした口調が、彼の第一印象を優柔不断なビジネスマンにしていた。

「予約といいますと……」

「あ、ロンド・ベルベットで七時から」

「かしこまりました、こちらです」

 コートを脱ぎながら、メンバーが座るエリアに連れられてくる。にへら、と笑う顔がオンラインのアバターに良く似ていた。

「夜叉彦だー! スーツだと社蓄感一割増しだねぇ?」

「だから社蓄じゃないって!」

 メロがお決まりの弄り方をして、夜叉彦がいつも通り返答する。他の二人がドッと笑い、いつものギルドホームにまた一段と近付いた。


「ふぅ」

 無駄に辺りを二周ほど歩き回り、集合時間直前になったころ。

 店のある通りの一本手前の道で、みずきは立ちながら座禅を組む気持ちでいた。落ち着いてきているのが分かる。母のことなど星の彼方に追いやり、脳内は入店したときのシュミレーションでいっぱいだった。

 まず店員に一名か聞かれる。すかさず予約者だと伝える。六名、七時から。予約の名前はロンド・ベルベットのはずだった。しかし変に思われるかもしれない。酒屋に未成年が一人で現れる様子を、店員はどう捉えるだろう。通報されないだろうか。みずきの緊張に拍車がかかる。だが時間になる。遅刻はジャスティン一人で十分だ、とユーモアで気をほぐした。

 あとは一歩踏み出すだけ、と気合を入れる。

「そこの、ちょっといいか?」

 今踏み出そうと足を上げかけたみずきは、その声でピタリと止まった。いつの間にか左に背の高い中年男性が立っていた。みずきは女性平均身長を軽々上回る長身だが、それより高い。恐らく百八十を超えている。そのわりに腹が出ており、まさに中年という身なりがアンバランスだった。

「はい」

「あー、すまないが道を教えてくれないか? そのモノアイで調べて欲しいんだ」

 男はそう言って小さなメモを見せてきた。座標コードが印刷されている。GPSなどで使われる世界標準規格のもので、ARと相性がいい。モノアイ型のプレーヤーはコードをカメラで読み取ると自動で地図を出す。あとはストリートビューと組み合わせ、音声案内ができるようになる仕組みだ。

「はい……その紙、お借りします」

「おお! 助かる!」

 身近に方向音痴がいたため、みずきは快く申し出を受けた。苦労がまぶたの裏に蘇る。オープンフィールドであるフロキリでは数少ない閉鎖地域(ダンジョンエリア)で、勝手に何処かに行く方向音痴の首根っこを掴むのはガルドの仕事だった。

 こめかみのコントローラを通して、機械音声が脳内に響く。座標コードを認識しました。マップを起動します。コード位置を目的地に設定します。目的地まで、残り一分です。公園前を右折、郵便局のある通りは直進、道路沿い右手側、オフィスビルに挟まれた場所が目的地です。目的地名は雪うさぎ亭です。営業終了時刻は夜三時です。

 そこまで聞いたみずきは、彼が自分と同じ目的地を目指す利用客で、すぐそばにある店まで自力で辿り着けない方向音痴なのだと気付いた。

ベルベットの性自認については口調でお察しください。

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