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150 カウントダウン

 階下が騒がしい。悲鳴が聞こえるわけでも、物が壊れる音がするわけでもないのだが、どこかざわついた雰囲気がする。

 先ほどのメッセージの件もあり、ロンド・ベルベットのメンバーは一同一層警戒心を強めた。ガルドの件もあるが、夜叉彦の熱狂的なファンのことも警戒している。その心配を防ぐ頼もしい味方を、メンバーがこっそりと伺う。

 うら若い青年のMISIA(ミーシャ)はゲーム機からふと目を離し、どこか虚空を見るような仕草をした。

 遊びながら彼は掲示板を見つめている。脳波感受型コントローラを使わないゲームをしながら、本命のこめかみにはコードをあてがい、スマホ経由でウェブを巡回して仕事をこなしていた。騒ぐ夜叉彦ファンを一喝しては、また別のファンを絞めに行く。彼女達はこうしてミーシャに叱咤されれば興奮を納めるよう教え込まれていた。突撃するようなことはないだろう。

<下の階ってことはオレンジカウチかな>

<こんだけプレイヤー居るし、影武者が思った以上にムキムキだから大丈夫だと思うんだけど>

 そうチャット欄に返信しながら、夜叉彦は横目で影武者の男を見た。そのカッコつけ気味な流し目を合間にファンの女性に拾われ、また黄色い歓声を浴びる。

 リアルでこの声を受けるのは今日が初めてだが、向こうで慣れていた。適当にへらりと笑いあしらう。

「なあ、そろそろじゃないか?」

「ガルドは後からでいいとして、榎本はどうした」

 仲間達は遠くにスタンバイしているはずの榎本を目で探し、ひどい混雑にそれを諦めた。


 そわそわとするギルドメンバーの様子を見ていたガルド達も、空気の変化を感じ取っていた。通信をしている二人は理由が分かるが、一人ボートウィグは不思議そうな顔をしている。

「……厄介にならないうちに入るぞ」

 横のガルドとそのオトモ役ボートウィグに、榎本が今後の動きを確認する。

「俺は先に行く。ボートウィグはあっちだろ、審査。ガルドは俺たちが全員入りきったら入ってこい。それまで知らん顔してりゃまずバレないはずだ」

「ですね。一応閣下が見えなくなるまで居ますけど、普通に考えて結び付かないっすよね。閣下だなんて」

 そうすっかり安心した顔で話すボートウィグに、ガルドも油断しきっていた。その上他の五人と違い、ガルドはオレンジカウチに対する警戒心が薄い。

 単なる一プレイヤーの自分を騎士と呼び、王たる自身を守れと命じるオレンジカウチを、完璧になりきったロールプレイのプレイヤーだと思っていた。


 エスカレーターを全身真っ黒の男が駆け上がる。

 下から警備が叫び止めるが、配信されていた壮行会の映像を見ていた彼の耳には全く入っていない。

 彼は、ただ我慢できなくなっただけだった。

 彼は、ただ会いたかっただけだった。

「我が騎士、どこだ」

 息をするように細い声で呟く。死んだような目は挙動不審にせわしなく辺りを見渡し、筋肉質の大男を探した。

 やがて薄ら笑いで歪む顔が、ある一点の方向を向いた。


 一方ロンド・ベルベットの全体通信には、オレンジカウチと本来は同類だった阿国の悲鳴のような一文が躍り出ている。

<抜けた ダメ 間に合わない>

 その文字に反射的に反応したメンバーは、まるでロックオンアラートを死角から浴びた時のような条件反射で思わずエスカレーター出口を見てしまった。

 マグナは瞬間、後悔した。これでは居場所を知らせてしまうようなものである。

「あ」

 目線が交差した。どこにでもいるような三十代くらいの男が、その目線に気付き、こちらを見ている。

 正確にはマグナでも夜叉彦達でもない。その後方に立つ、黒いTシャツを着た体育会系の男をじっと見ていた。ピタリと顔がそちらに固定されており、なにかの野生動物のように微動だにしない。

 同一線上に立つマグナとジャスティン、メロの体が固く凍った。見覚えのある表情と先程の情報が混ざり、一点の答えを弾く。

 奴だ。アバターとは似ても似つかない顔だが、あの薄ら笑いは間違いなかった。

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