146 応援をそそるルーキー
「来たな」
「作戦開始! えーっと? 予定では、彼が気を逸らしてるうちにウチらが先に進んでぇ……」
「彼は進まない。そこを颯爽とあいつが通過する。ファーストクラス専用の検査エリアに入っていくんだ。これでバレてしまうかもな」
「映像撮ってるから、そこから広まるかもだね。うーん、帰りが心配」
「帰りの便は夜中にしたからな! 心配するな、大丈夫だ!」
「ジャスのその根拠のない『大丈夫』、こういうときは心強いな~」
無口なガルドを演じるコツは、ただその場で黙っていること。
そう指示をされた影武者の男は、ピチピチの黒Tシャツだけでは隠しきれない程筋肉質な腕を組みアピールする。組んだ腕に豊かな胸が乗り、むちりとボリュームを増やした。
それだけで周りのメンバーからは男女混ざった歓声が上がる。想像通りのガルドのリアルに、鈴音はもちろん一般プレイヤーも興奮が隠しきれない。
「うっわ、ガルドすげー筋肉! リアルでもそうなんだなぁ」
「アバターよりイケメンじゃん、しかも怖くない!」
「洋服のセンスは意外。もっと芋っぽいの想像してたー」
口々にそう評論し合うファンプレイヤー達は、しかし必要以上に近付かなかった。謎の距離と空間を一定に保ち、誰も特攻を仕掛けない。
ギルドメンバーが壁になっているのもあるが、彼自身が威圧感をわざと出しているのが大きいようだった。雇用主の阿国から本物の画像を見せられた影武者は、命令通り眉間にシワを意図的にグッと寄せて周囲を睨み続けている。
「しかし榎本が来ないのは変に思われるぞ。まだか?」
「あと少ししたら来ると思うよ。それより……」
「夜叉彦! がんばってね!」
「きゃあっ! 手ぇ振って~」
「リアルもかわいい!」
黄色い声援を聞いて、夜叉彦が手をヒラヒラと振った。一際外野の声が大きくなり、それを隣のジャスティンが呆れ顔で流す。
「アバターはともかく、こんな冴えない既婚者のどこがいいんだか……」
「ははは、俺もそう思う」
夜叉彦は女性に人気があり、それは幸か不幸かオフでも変わらなかった。顔の造形はくたびれた中年だというのに、夜叉彦ファンの女性達はそのままリアルでもファン活動を続行する。
しかし夜叉彦の顔はそれほど悪いものではなかった。
コロコロと変わる表情はアバターと変わらない。そのお陰か笑いシワが出来ており、人の良さそうな印象が強い。
妻の改造で眉は整っている。長さを抑え眉間を剃ったため、清楚で明るい目元になっていた。元々シンメトリーで整った顔をしているのだ。抜群な美しさはないが、容姿だけでファンを辞めるような鈴音メンバーはいない。
そんなこととは露知らず、仲間達は夜叉彦の現状をからかい始めた。
「奥さんはこの事知っとるのか?」
「言うわけないだろ……仕事ってことにしたから、見送りも無いし」
「へぇー内緒なんだー、後ろめたい? ねぇねぇ、VRMMOのアイドルはどんな気分?」
「茶化すなよメロ、前線メンバーには全員鈴音みたいなのがいるじゃんか。同じだって」
いつも通りイジる際の、笑みをこぼすメロはとても楽しげだった。夜叉彦の返しも最もだが、女性ファンを獲得している人数ランキングで日鯖内トップ一、二を争う彼とは、そもそも大きく話が違ってくる。
「同じな訳なかろう、お前の同行希望凄かっただろうが!」
「自腹だってのに張り切りすぎなんだよ。一番付き合いの長かった奴を選ぶってのも、前もって情報流してたのにさ」
「で、男にしたと。それでホモ説浮上ねぇ」
「俺、既婚者だって隠してないのにぃ……」
ハワイまで同行し大会を観戦する日本人プレイヤーの中でも、出場チーム:ロンド・ベルベットとほぼ一緒に行動するスタッフ的な役割の人物を自然と「同行者」や「執事」「オトモ」などと呼ぶ風習が出来ていた。
しかしフロキリに限った通称ではなく、他の世界大会開催ゲームでも使われる用語だ。給料が発生することもあるが、基本的に仕事ではないためボランティアである。
アイドルポジションのプロゲーマーには女性ファンが同行することが多い。リアルの顔はともかくアバターが端正で紳士的な性格をしていると女性人気が跳ね上がる傾向にあり、フロキリの場合はそれが夜叉彦だった。
女性ファンの同行をわざと蹴った夜叉彦は、彼とその同行者のリアルでの顔が割れた途端に掲示板で炎上しはじめてしまった。
夜叉彦はまた一つため息をついて、感じ取っているフロキリ専用の掲示板をそっと閉じる。
ギルドメンバー全員のこめかみから垂れるコードの先、スマホのウェブ閲覧がその悲惨な様子を伝えていた。大荒れだ。主に女性ファンが騒ぎ散らし、謎の単語をベラベラと羅列していく。夜叉彦以下ギルドメンバーはその言葉の意味がよくわからない。
とりあえず理解できたのは「ネカマなアネさんが予想外にイケメン美青年」「夜叉彦の優しそうな顔がベテランアイドルみたい」「女性ファンが割り込めないくらい仲良し」という言葉くらいだった。




