144 いざ空港
ゴールデンウィーク。
日本特有の祝日祭りがやって来た空港は、全国各地から海外へと飛び立つ浮かれた観光客で溢れ返っていた。高い天井に大勢の人間が発するざわめきが反響し、普段とは違う休日の空間作りに一役買っている。
仕事をしている人間などごく少数だ。
「さ、きりきり働きなさい」
利用客が解放されていたであろう単語を躊躇なく吐き捨てる声が鋭く響いた。職場にいれば「お局様」と言われても良さそうな年齢の声である。
その主は、どうやら電話をしているようだった。
こめかみから延びるコードを分厚い高性能スマホに差し、さらにもう一台、スティック状に格納した軽量タイプのスマホを耳に当てて指示を飛ばす妙齢の女性が立っている。上品な赤いワンピースを腰のベルトできゅっと絞めているのだが、くびれが妖艶さを二割増しでアピールしていた。
マダムと呼ぶには若いように見えるが、美容に金をかけているのが分かる肌艶だ。実年齢は本人の自己申告通り「ガルド様と並ぶと丁度いい」程度だ。
彼女こそ、見た目がゴリラのようなガルドをまるで王子かなにかのように慕うプレイヤーの阿国である。
「情報に漏れがある可能性には配慮なさい。ピックアップしている特徴と合わせて、服装などでごまかせる範囲を予想してブロックを……ええ、その一覧と照らして……ええい、職務質問でもなんでもなさい!」
ロンド・ベルベットのメンバーが集まっているエリアよりもエントランス側で指示を出していた。ざわめきすれ違う旅行客は、まるで仕事中のような彼女を脇目に楽しそうに笑いあう。しかし阿国は大して気にしていなかった。
愛する人の為に尽くすことが出来るのは、阿国にとっての至福である。脳波感受型コントローラから文字で指示を出しつつ、口から別のボディガードに発破をかけた。
「適当に詰問すればよろしいでしょう。所属とネームを……ギルドです。ギルド名。ええ、無所属に注意を。やつらは誰もどこにも入ってないので、とっさに何か言うかもしれませんが……ええ。その時は鈴音どもにでも任せますから」
漆黒のロングワンレンヘアをかきあげながら、阿国は左手で何かを寄越せとジェスチャーする。指を小さく動かしたに過ぎないが、すらりと女性的で妖艶なそれは視線を集めるのには十分だった。
すぐ傍らに立っていた白髪の老婆が、鞄からコップ付きの赤チェック柄をした水筒を取り出す。
「データで白のラベルをつけた奴が協力者の榎本。あなた方に指示を出すこともありますので、答えて差し上げて……顔が広い奴ならば、危機察知は早いはずですわ」
ほかほかと湯気をたてる水筒の中身は白湯だ。それほど高温ではないのだろう。婆やからそれを受け取り口をつけ、ルージュをきっかり塗った赤い唇を濡らす程度含んですぐに突き返した。
「……ええ、ええ。ではよろしく」
通話を切った阿国に、婆やが「もう一口いかがですか?」と勧める。
「大丈夫よ婆や、それよりワタクシ、自分でもあちらに……」
「なりません」
「もう、顔馴染みがすぐそばにいるのに……」
「ダメなものはダメです。あまり近づかれては危ないですよ」
ものものしい警備を送り出した張本人が出向くなど危険だと、婆やは阿国を動かさなかった。




