142 相棒に聞いてみた
出国直前は逆にログイン出来ない場合が多いらしい。仕事を多目にこなし、一週間の穴を埋めるのだという。そのハワイを英語の強化期間と定めたガルドは、仲間達が頑張っているのを傍目に、ログイン時間を逆に増やしていた。
「え?」
久しぶりに榎本以外がインしていない。二人きりという良いタイミングに、ガルドは考えていたキーワードをぶつけた。
「……え?」
どか雪が降る北東部エリアでモンスターを狩り終えた際の、つかのまの休憩中。気にしていたことを質問にして投げ掛けたガルドだったが、榎本の反応はなんと無言だった。
顔に、五百円玉サイズの大きさになっている湿った雪が殴り付けられるように当たる。痛みは無いが接触感触を感じ、あっというまにまぶたへ雪が乗って視界が白くなった。ウザがるように顔を振って雪を除ける。
榎本はぴくりともせず「え?」としか聞き返さない。
不安がまた襲いかかる。相棒と信じていた男の反応に緊張し、ガルドは焦りと不安で表情を崩した。
「な、ガルド――いきなりどうした?」
気候設定の影響で降雪量が抜きん出て多いこのエリアにおいて、重量ボディのプレイヤーは腰あたりまで雪に埋まる。上半身だけで互いを見合う光景はひどくシュールだ。ましてや吹雪の中で、現実では凍え死ぬシチュエーションでもある。あり得ない場所で雑談が始まるが、榎本もガルドもお構いなしだった。
「誰が一番榎本の秘密を握ってる人物か、今言えるか言えないか知りたい」
もしそれが自分でなく、今ここで言えない別の誰かなのであれば。それは「ガルド以上の相棒が存在する」ことの証明に他ならない。だとすればもっと相棒に近付くために努力が必要だ。ガルドはそう結論付けた。
「つまり、俺の秘密を一番握る奴は誰か、ってことか?」
「誰とは言わなくていい。自分にそれが誰なのか言えるかどうか、YESかNOでいい」
「あ? 言わなくていいのか。え、誰だ……」
雪に埋まっていた腕を振り上げ、アゴに手を当てる。さらにヒゲを数回指腹で触った。自分の質問にこうも真摯に受け止めてくれていることに敬意を払いながら、ガルドはその時間をゆったりと待つ。
じょり、とヒゲが音をたてた。
「お前にガキのころ犬に追いかけられた話、したか?」
「ん。それ以来小型犬が嫌いで中型以降が好きなのも知ってる」
チワワを目の敵にしているのだと、犬型モンスターとの戦いで話していたのを思い出す。
「じゃあ、職場の喫煙所で殴り合いの喧嘩した話は?」
「それ以来居づらくて禁煙したら、フットサルのパスワークが早くなった」
さらにリアルでガルドが長距離の陸上部だと知り、負けん気を発揮して完全禁煙を目指しているらしい。実際に今も止め続けているのは、素直に偉いと思っている。
「狙ってたエミちゃんと四回デートした後のオチとか……」
「ああ、デブ専の。マッチョを食べ放題に連れていって、自分好みに魔改造するのが趣味……という話を給湯室で盗み聞き。いいオチだ」
「嬉しくねぇよ」
あの時の落ち込みようは面白かった。食べ放題を四回奢らされた財布が榎本の心の傷に拍車をかけた。落ち込む榎本を涙が出るほど笑い、ギルド全員で攻城戦に出向いて励ましたのだった。
「……俺の黒歴史をここまで知ってるの、お前くらいだぞ」
「いや、足りない。合コンでタゲ取った子が、質の悪いセラピストに操られてて逃げた話」
「くっ、あれは一夜の過ちだ……掘り起こすなよっ、つかなんだよ、恥ずかしい秘密全部握ってんじゃねーか!」
「だがロンド・ベルベットのメンバーならみんな知ってるネタばかりだ」
「ツインで行ってるクエストでの雑談とかは、お前しか知らないだろうが! さっきのマイコンされたミキコちゃんの話、ツインの洞窟んときに話したっきりだぞ。そしたらお前しか知らねーよ!」
照れが限界に近い時の、逆ギレに近い様子で榎本が雪の層を掻き分け進む。ガルドはその分厚い轍を、横幅の関係で壁面をごりごり削りながら進んだ。榎本よりガルドの方が、体格の都合で横幅が広い。
「加入前の一年分もある」
「そのころのはほら、メロが掘り返して酒のネタにしてるだろ。アイツ他人の不幸は蜜の味を地で行きやがる——ギルマス抜けてからあいつイジリ癖に拍車かかってないか?」
怒っていたはずの榎本がガルドにそう愚痴を漏らす。なあ?と聞いてくるその表情は、すっかり赤みが消えいつも通りに戻っていた。
「榎本の家族よりも?」
「そりゃ、あっちは俺がゲームしてるのもフットサルしてるのも知らないし。何よりお前、俺の家に来ただろ。あれだけ長く居たのはお前が初めてだよ」
そこそこ長い居候生活は、生まれてから二十年も経っていないガルドにとってはそこそこ大きな人生の転換点だった。しかし榎本にとってはデメリットの大きい時間だったはずである。申し訳なくなった。




