141 送り出す親二人
「桜子さん、しっかりした方でしたね」
「うんうん、これでひと安心だ。短期の語学留学に送り出すような気持ちでいいかもね」
みずきが自宅に戻ると、両親はすっかりパジャマ子の表面に騙されていた。強い意思を持つ彼女のお陰でスムーズにハワイ行きを確定できたことには感謝しているものの、悲しいことに彼女の残した捨て台詞に振り回されてもいる。複雑だった。
「ラッシュガード、買っておきましたからね。父さんの言う通り、ビーチで過度な露出は避けるように」
「はい」
反対意見をつい最近まで譲らなかった母も、パジャマ子の印象が良かったのだろう、穏和に支度を手伝った。
「みずき、はいこれ。預かってた家族カードだ。困ったことがあればこっちの番号に電話するとサポート受けられるから。向こうはまだカード決済とか使ってる場所も多いんだ。会計で使うといい」
「ありがと……」
そう言って渡された金ぴかのカードに、今まで以上の緊張感が出てきた。クレジットカードというのは恐ろしいものなのだと聞いたことがある。自分でコントロールしなければ、多額の借金を背負いブラックリストに載り、怖い取り立て集団に目をつけられるのだという。
それが友人達も本気で信じている「若者の無知から来る誇張表現」であることに気付かぬまま、みずきはカードを大事に大事に財布に仕舞いこんだ。
そもそも今の時代、物質状にした仮想通貨など信頼性が低い。ICチップとサインだけで金になるなど不安しかなかった。別の人物がカードを拾ったら使えてしまうではないか。生体認証紐付け世界で生きるみずきは、カードシステムそのものの信頼性を疑問視した。
「困ったらまず桜子さんに聞くんだよ? 海外旅行は何度も経験あると言っていたから、小さなトラブルだったら解決できるはずだ。言語が分からないときは、自力で読もうと思わずに、迷わず翻訳アプリか英語膜で対応するんだよ?」
「うん」
「日本語のコールセンターもその番号から通じるから、二人して困ったらそこに電話すること。怪我したときもそこにね、地元で信頼できる病院を紹介して貰いなさい」
どうも父の頭からは「彼氏(という設定の男)も同行する三人旅(という嘘)」だということが頭からすっぽりと抜けているらしい。彼に助力を求めるよう言われなかったが、敢えて指摘せずそのまま話を聞いた。
「パスポートは絶対に体にくっつけて持ち歩くように。バッグに入れて置き引きなんてのは危ないからね、買っただろう? ちっちゃなホルダー」
小さな子どもが下げるようなポシェットのことを言っているのであれば、恥ずかしいが購入した。みずきが小さく頷くと、父は満足気に微笑む。
「服の中なら安全だからね」
パスポートがなければ帰国できないと脅され、みずきは恥を推して勧められたポシェットを買った。
帰国できないなんてことがあるだろうか。その危険性を気にする父は心配性だと呆れつつ、心配をかけないようにと必死に固い表情筋を釣り上げ笑った。




