137 夜更けのドリンクバー
後は電車に乗るだけだから、と見送りを遠慮したパジャマ子にガルドは甘えることにした。しかしすぐに帰宅できるような気分ではない。少し考える時間が欲しかった。
夜更けでも営業しているチェーン店のファミレスに入り、ドリンクバーと小さなサラダで居座る権利を得る。スマホをイジるふりをしつつ、先程聞いた話を整理し始めた。
アイスコーヒーにしたのは失敗だった。内蔵から冷える感覚にガルドは一つぶるりと震えた。そう思いつつ半分まで飲む。
結局パジャマ子は「恩の大きさは天秤でつりあうべきかどうか」の話題に答えを出さなかった。ガルドとしても、常日頃受けた分の感謝や恩といった類いのものは榎本に返したいものの、自分が榎本へ与えた分をきっかり返礼として受けとろうなどとは望んでいない。
決して釣り合うことを望まないことに気付いたからこそ、ガルドは悩んでいる。
そもそも恩や感謝は大きさで測れるものなのだろうか。思春期特有の哲学思想に陥ってきたことに、悩んでいる本人はさっぱり気付いていなかった。
ふと店内の時計がカチリと音をたてる。長い針が天を向いたときの些細な音に、ちらりと顔を上げた。
午後九時。
今ごろ榎本は、真っ暗な自宅に帰宅しているころだ。いやもっと早く帰宅しているのかもしれない。無味の生っぽい料理を作るか、もしくはシンプルな蒸し鶏肉と蒸し野菜で食事を済ませるだろう。酒は飲まないはずだ。
酒のようなプレイに支障の出ることは避け、ラフな服装でダイブする。それは全て、ロンド・ベルベットの榎本の為にリアルの榎本が出来る努力だった。
その彼を思い、共感こそあるが憐れみは出てこない。
パジャマ子がマグナにするような献身さは湧かないが、相棒として同調し、料理で困っているならば得意な自分が担当すべきだとは思う。
自分にはできない「金を稼ぐ」という能力を持つ彼を、料理ごときでどうこう文句を言うことはしなかった。それが榎本の能力で、出来ないものはそれで良い。それは友情で、ギルドの根底である「対等な関係」としての役割分担だった。
結論は出ない。整理もつかなかった。
サラダのコーンを一粒箸で刺しては口に運び、また刺してを繰り返す。思考が豊かなとき、行動は単調になりがちだ。
対等は許されない。
つい先ほどの駅前で聞いた言葉がリフレインし、ガルドをまた思考の渦に放り込んでかき乱す。
パジャマ子の言う「複雑な感情」とは、一体何が混ざって複雑になっているのだろうか。榎本と物理的・精神的にも自分より距離のあるパジャマ子が気付いていて、親密な自分が気付かない感情なのか。
考えたが、ガルドにはそれがなんなのか分からなかった。
そこでふと、つい先日感じた「年の差の壁」に思い至る。大人の余裕が羨ましい、そう思うのは自分の年齢のせいだ。箸を置き、一人心の中で納得する。少しだけ気分が晴れてきた。
飲み干したドリンクを注ぎ直すために席を立つ。友人に誘われて来るとこが多いが、一人でファミレスに来たのは初めてだった。一緒にあーだこーだ言い合う相手が居ないと、ドリンク選びも無感情で作業的になるのだと知った。
「佐野さん!」
カップを手に戻ろうとするガルドを、聞き覚えのある声が呼び止める。
「——金井」
新学年で離れてしまった元クラスメイトの、自分がゲーマーだと学内で唯一知っている保険委員の男だった。




