136 天秤のように
「ガルドちゃん、顔赤いよ?」
「……気のせいです」
「意識しちゃった?」
「アレはフロキリでの相棒であって……」
真っ暗になった道を女子二人で歩く。一昔前ならば危険と言われるかもしれないが、空を飛び交うパブリックシギントAIのドローンが見守ってくれているため、自衛のベルだけ持っていれば事足りた。
「もしね」
パジャマ子はニッと笑う。
「榎本くんと二人きりでほんとにハワイ旅行、なーんてことになったらどう? 行く?」
大きな海外旅行用のスーツケースがたてる、耳障りな騒音が今までより大きく聞こえた。
一瞬目があった少女は、コンクリートに視線を落とし、もう一度目線を上にあげた。
「榎本が誘うなら、何か理由があるはずです。イベントとか、何か困っていて行かざるを得ないとか」
ガルドは迷いない口調で、そう答えた。
「他の理由だったらどう? チケットもらったから誘われるとか、感謝を込めて旅行をプレゼントしたいとか」
「自分以外の人間で対応できる理由であれば、断る」
「え、嘘ぉ」
パジャマ子にとって、その答えは予想外だったらしい。リアクションはナチュラルで、かなり驚いたようだった。
「榎本の助けになりたい。榎本が困っている部分にフォローで補いたい。それが、ガルドとしての役目だと思っている。だからこそ断る」
「助けになりたいのに断るの?」
「ただ旅行に行きたいのであれば、疎遠になってる家族を誘うよう叱り飛ばす。自分にあれだけ家族に気を使うよう言っておきながら、アイツは自分の家族を放っときすぎだ」
ガルドは敬語も忘れ、半分愚痴のようなものを吐き出し続けた。怒りにも似たその感情は、ガルドが日常で抱えていた榎本への小さな不満だった。
「自分に感謝を伝えたいなら、どこでもいい。海外なんて要らない。いや、自分にも感謝を伝える機会を寄越せと言いたい。それがハワイだというのなら付き合ってやるし、クエストだというのなら死ぬほど付き合ってやる」
彼が「頼む」ということは、極力叶えてやりたい。それは変わらない。そこにガルドは、奴本人の幸せをねじ込んでやりたかった。
以前抱いた「わがままを言わせたい」という気持ちは、今も続いている。
「それは、相棒として?」
パジャマ子の質問にこくりと頷き、普段言えなかった愚痴が続く。
「今日初めて、榎本が自分を頼っている場面があったことに気付け……ました。でも足りないです。自分はもっと榎本に頼って、助けられている」
「天秤みたいに釣り合ってないとダメってこと?」
「いや……」
そう首を振って、ガルドはひどく困惑した。それは違う、しかし何が正解なのか分からないのだ。
「ふふふ、ガルドちゃんって、純粋? ぴゅあなんだね」
いきなり上機嫌にそう声を上げたパジャマ子に、ガルドは理由がわからず戸惑った。天秤のように恩を釣り合わせる話から、なぜ純粋さにたどり着いたのか。聞こうとし、うまく言葉に出来ない口下手さを発揮したまま無言でいる。
「純粋に相棒としての親切だと思ってるんだね。榎本からのもろもろ——いろいろ混ざった感情を、純粋な友情で返そうとしてる。でも」
ガルドは体が強張るのを感じた。
煌々と光る駅の明かりに照らされた彼女の、満面の笑みが少しだけ怖かった。
「性別も違う、年齢も違う——対等っていうのは難しいんじゃない?」
秋葉原のオフ会前には上がるはずのなかった課題を、ガルドは喉元に鋭く突きつけられた。




