135 桜色をしたパジャマ
「初めまして、ハワイでお嬢さんとご一緒させていただく桜子といいます。つまらないものですが……」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、娘が一週間もお世話になりますので……」
「遠かったでしょう、ゆっくりしていってください。この後はどこかに一泊なさるんですか?」
「ええ、新横浜の方に」
「そこまで送る予定」
本名の桜子で自己紹介したパジャマ子は、ごく自然に芝居を始めていた。少女の良きネットフレンドへと変貌を遂げ、「自分もしかして女優向いてるかも」と評価を改める。
通されたリビングでコーヒーを頂きつつ、「今までみずきちゃんと仲良くしていた」ことや「みずきちゃんの恋人とも接点がある」ことを話題に挙げた。節々に「いかに娘さんが真面目で大人っぽいか」付け加えることも怠らない。
そして、一週間ハワイに同行し、二人きりにならないよう配慮をするというアピールに突入した。
「彼も非常に好青年ですよ。誠実で生真面目で、みずきちゃんのことを大切にしてるのが伝わってきます」
パジャマ子はこの口から出任せでぽろぽろと言える嘘に、内心では笑いが止まらない。嘘っぱちだ。
あのキザなナンパ男は、女性と二人きりで旅行などすれば暴走するだろう。もちろん悪い方向に——そこまで考え、長いこと居候で二人きりの生活を送っていたという少女に目を向けた。
唯一の例外が、彼女だ。
「彼と対等で、叱咤激励を交わし合うみずきちゃん相手なら——想像するような悪いことはあり得ないと思いますよ」
フルダイブ用の脳波感受型コントローラを持たないパジャマ子は、フロキリにログインしたこと一度もない。それでもそう分かるのは、恋人のマグナからの説明とアップロードされた大量の動画だった。
主に鈴音舞踏絢爛衆や一般プレイヤーが趣味で上げている動画では、神プレイと呼ばれる類いのテクニック集に次いで、メンバーの日常での掛け合いが人気を博している。
恋人マグナが映っているシーン抜粋を見ることが多いのだが、映り込むガルドと榎本はいつも対等で、お互いバランスが取れていた。
男女に友情など無いと信じているパジャマ子でも、榎本とガルドの間はどこか別の関係性が生まれているように見える。言葉にできないそれは、決してみずきのご両親にとって悪いものではないと思うのだ。
「そこまでその彼と仲が良いのですか……」
みずき達より遅れて帰宅した母親が、そう小さく漏らした。
「ふふ、ええもう、凄く。公正明大な男ですから、私にも良くしてくれますよ。誰にでも裏表のない、男気ある人です。その彼が唯一甘えてるのがみずきちゃんですから……」
「あまえてる?」
みずきが口を挟む。
「あれ、気付いてない? 彼が無茶な旅行に引きずっていくのも、気を抜いて背中にもたれ掛かるのも、みずきちゃんだけだよ?」
「おやおや、思った以上に本気みたいだね、彼」
「大事に大事にしてますよ。みずきちゃん本人の居ないところで、ちょっかいだしてくる奴に威圧と牽制かけてますから」
「そう……守ってくれてはいるんですね」
パジャマ子の流れるような物言いのお陰で作戦はスムーズに進行していたが、みずきの表情はカチコチに固いままだった。




