132 ぱじま
暖かく爽やかな日が続いているのが、みずきには大会へのエールに感じられた。あと三日で世間はゴールデンウィークに突入し、浮かれた休暇に家族揃って出掛けていくのだろう。
相手の用事が済むのはまだ先だったが、彼女が遠くから来てもらっているということもあり、かなり早い時間帯に出迎えることにした。集合がみなとみらいというのも理由の一つである。
みずきはハワイ行きの前に何点か買い物をしたかったのである。
「顔ちっちゃい! スラッてしてて背も高いし、お人形さんみたい!」
「パジャマ子さんも、マグナと同い年に見えないくらい。とてもお若いです」
「やだ嬉しいわぁ! ふふ、お姉さんに任せて。ハワイ旅行成功させるからね!」
空港から直接リムジンバスで横浜にやってきた協力者は、ハイテンションのままガルドと初めて顔を会わせることとなった。
そのままハワイ行きの飛行機に乗り込む予定の彼女は、マキシ丈の鮮やかなワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。ここにサングラスと帽子に日傘を加えれば、たちまち南国の観光客に早変わりするだろう。スニーカーを履いているのがアンバランスだが、この後の用事を思うと正しい選択だろう。
「よろしくおねがいします」
「もっと気楽にタメ語でいいのよ~。私もガルドって呼ぶし。あ、さすがにご両親の前だと不味いか」
「そのときは……みずきでおねがいします」
「おっけー! ほらほら、固いってば」
みずきの肩をとんとん叩いたパジャマ子は、海外旅行用の大きいスーツケースをパシフィコのコインロッカーへと膝蹴りでもって押し込む。
回りには様々な年齢層の女性達が大勢ひしめき合い、楽しげに何かのパンフレットやウチワを手にしている。光るスティックのようなものを点検している人もいれば、ペットボトルのフィルムを剥がして捨てている女性もいた。
お祭りなのだろうか。この手のイベントに免疫のないみずきにとって、この空間は完全なアウェイだった。
終了予定時刻にアンコール分を加えて弾き出した集合時間まで、みずきは会場のパシフィコ横浜から少し離れることにした。今ごろパジャマ子は趣味のアーティストを生で見ておおはしゃぎしているはずである。
目的の買い物はそれほど時間がかからなかった。必要なものを前もって調べていたみずきは、ピンポイントで買い物を済ませる。主に購入したのは細かな日用品と父指定の便利アイテムで、夜叉彦に勧められたサングラスもゲットできて満足であった。
商業施設を出て屋外をぼんやりと歩く。
駅から距離のある川の上、大きくかかる橋には沢山の人が集まっていた。
春らしいパステルがかった空に照らされ、美しく建つビルの壁面にも空がうつる。道を歩く人々もどこか心配事のなさそうな顔をしていて、悩みが全て一段落しているみずきも同様に晴れやかな気分だった。
さて、用事を済ませると暇になる。
なにをしようか考えあぐねながら周囲を見渡した。近場に遊園地はあるものの、もっとゆったりと出来る場所がいい。みずきはベンチでも無いかと探す。
この日差しの中でぼんやり座っているのもいいだろう。その内飽きて攻略動画などを見始めるだろうが、それもみずきらしい休日の過ごし方だ。
ふと左側を見ると、多角形の中規模な建物がある。友人達と三月に訪れた際、話題に出ていた娯楽施設だ。
それは「温泉・リニューアルできれいになった・でも女子高生がいくところじゃない」という評価を得た施設で、中々良さそうだという印象を持っていた。
温泉。良い響きである。
この良い天気のなかで露天風呂や足湯に入れたら極楽だろう。のんびり肩までつかり、今ちょうどしていたように空を見上げるのだ。風呂上がりにはやはり牛乳だろう。ビンに入っているのだという。映像や知識としてしか知らないそれを、みずきは想像してみる。腰に手を当て、一気のみ。ぷはぁーと言うまでがお約束だ。
幸いパジャマ子との約束の時間まで約二時間ほどある。終了後は両親に海外旅行の同伴として彼女を紹介し、同人仲間の家に泊まるという彼女を新横浜まで送る予定だった。
そこに温泉という予定をねじ込む。
なんと素晴らしい休日だろうか。みずきは気持ち早歩きで温泉施設へと歩き出した。
パジャマ子登場前に入れていた短編小話「榎本の悪夢」ですが、ストーリーに関係ないためこちらには載せないことにしました。
今の所、イベントでの短編まとめ頒布を予定しています。




