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131 完熟トマト

 新学期の環境の変化、ずっと悩んでいた進路、ハワイの世界大会。様々な悩みがガルドの背中にのし掛かっている。それでも一つ一つ向かい打つことで解決していける。実際に歩み進めていることを、ガルドは確信していた。

 花の香りがくすぶったロウソクの溶ける匂いと混ざり合う。青い椿が今日もプレイヤー達を出迎えてくれていた。ガルドはホームへ帰ってきた感覚を強め、息を深く吸った。

 目の前の侍が、女性に可愛いと評されるハニカミ笑顔でドリンクをあおっている。ギルドメンバーのミドルレンジアタッカー、夜叉彦だ。今日も硬質そうな前髪が片方の目にかかっている。

 ちょんまげには見えないポニーテールも同様に固めに見えた。彼が寝癖やヒゲを装備してログインしてきたところは見たことがない。その剛毛で寝癖がどう表現されるのか少し興味があった。

「調子いいな! ほんとに優勝とか出来ちゃうんじゃないか?」

「そーやって天狗になってるやつに限って、本番に大ドジ踏むんだよ」

「ははっ、そりゃ怖い! 会場ではさすがに緊張すると思うから、今のうちだけな。ほら、自己肯定感ってやつ」

 後から合流した夜叉彦と共にモンスターを何体か討伐して、休憩がてら「青椿亭」で飲むこととなった。世界大会前ということもあり、飲みに行くのは久しぶりだった。

 中身が未成年のガルドも、いつも通りの「やるか、一杯!」の誘いに上機嫌になる。「仕事終わりのオッサンみたいだな」と夜叉彦に笑われ、それがガルドにとっては心地よい。彼も女性扱いを少しずつ緩めており、ギルドは最高潮に良いチームワークを維持していた。

 以前取得した時属性付与の特殊スキルも自在に扱えるようになり、夜叉彦の被弾率は減少の一途を辿っている。目に見えて今までより強くなってきていた。それがご機嫌の大きな理由であり、天狗になりかけている原因でもあった。

「自己肯定感……」

 ガルドは聞きなれないワードを(いぶか)しげに繰り返す。

「自分は価値がある人間なんだって、自分で思うのさ。どうせ自分なんて~って考えると、成長そこで止まっちゃうだろ?」

「榎本の『キザスイッチ』みたいなものか?」

 そう机向かいの彼を薄ら笑いながら、ガルドが納得する。

「なんだそれ」

「ちょっと違うけど、あはは、スイッチって! ガルド、良いネーミングセンスだ! 榎本ってスイッチあるよな。女性が居るとき限定の」

 夜叉彦も笑い頷きながら同意し、箸で炙りプチトマトを一個摘まむ。頬がころんと丸く膨れた。

「あ? そうか?」

「え、まさかの無自覚?」

「……普段は違うのに、女性の前だけキザになる」

 リアルの榎本と初エンカウントした際の、半ばナンパじみた喋りを思い出す。そして、自分がガルドと気付いた時の手のひらを返したような変化もそうだ。

 榎本の対人スキルは対象によってスイッチングする。それが高いコミュ力の秘訣なのだろう。

「キザじゃねーぞ、俺」

「だからスイッチって言ってるじゃん。普段は違うさ。軟派なモードがそうってだけ」

「え、うわぁ俺そう見えんのか」

「友達に聞いたことがある」

 ガルドがトマトジュースを一気に飲み、続ける。正確にはタバスコやレモン、コショウなどが入っている「ヴァージン・メアリ」というノンアルコールカクテルだが、VRの再現レベルのせいかただのトマトジュースにしか感じない。

 コショウは一体どこへ消えたのだろうかと思うほど、スパイシーのかけらもなかった。辛味とはつまり痛み・刺激であり、他の味覚と同時再現というのが市販フルダイブ機ではスペック的に難しいのだと聞いたことがある。

 足りない辛味を言葉にして、榎本に客観的なキャラクター性を突きつけた。

「それは『裏の顔がある王子さまキャラ』というやつだ」

 友人が常日頃言っていた王子さまという評価に、「本当はもう少し粗暴な口調」ということを報告した結果の宮野達による最終ジャッジであった。

「がああ! そんなつもりないって言ってるだろ! 恥ずいなおい!」

「へぇー、凄いな榎本。素で二次元キャラみたいに振る舞ってたのか。おっさんなのに」

「おっさんなのに」

 ビールをトマトジュースで割ったレッドアイを飲みながら、榎本は二人に反論する。

「俺は普通に、女性達に好かれるようにだな!……大体、夜叉彦だって嫁さん相手だと態度変わるじゃねーか!」

「榎本程顕著じゃないって。ただ少しだけ紳士で、少しだけ優しくなるだけだろ~? 榎本みたいに口調ガラッと変えたりしないって!」

 同じくレッドアイのグラスを片手に夜叉彦が言う。ガルドは密かに「夜叉彦は会話内容が優しくなるせいで口調がマイルドになる傾向にある」と思ったが、言うことでもないと思い、カプレーゼを摘まんで誤魔化した。

 モッツァレラとトマトがまろやかに口のなかで出会い、オリーブオイルの豊かな香りが後から追いかけてくる。これはいいメニューだと開発者を内心褒め称え、ガルドはすっかり夜叉彦のエセ紳士な口調を忘れた。

「どんだけモテたいんだよ。それに、本命の子にはおっさんモードで話しかけてるよね。矛盾してるなー」

「本命!? いねーって! なに抜かしてやがる!」

「え? ただの相棒なの? 相棒とはいえさぁ、普通異性に自分の部屋貸したりなんてしないよなー? あれれー? ただの相棒なの?」

「夜叉彦てめぇ店の裏に来いや」

「ぎゃあー! 止めてよして触らないでー!」

 酔っぱらい共の話題の中心になっているはずのガルドは、店員AIに次のトマト料理を注文するのに夢中だった。残念なのか幸運だったのか、相棒の話題以降は聞き逃していたのだった。  

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