130 相棒は背中を押す
「いや、まだわからない」
「テストプレイヤーじゃなけりゃ、開発会社の運営とかか?」
「……望みは『VR世界の住人』だ」
「おお、なんか壮大だな」
「それを仕事にするとなると、ニート廃プレイヤーを除外してこれしかない。それが可能かどうか、ハワイで会って確かめる」
「会社見学みたいにか。お前にとってのハワイってデカイ目的があったんだな」
「じゃなければ、カミングアウトなんかしない……ネックは英語だ」
「けっ! イギリスで買った俺のゲーム雑誌、英語膜も無しに地頭だけで読破してたじゃねーか!」
ふてくされた表情で、榎本がガルドの背中から躍り出る。闇色に発光するハンマーを担いでおりチャージは完了していた。
「読めるし、書ける。ネックは英語の……スピーキングだけ」
榎本が溜めきった「プルートウ」スキルを発動した。自身を中心点に、仄かに楕円形を描くコースでフルスイングを三回決める大技だ。岩が割れる鈍い騒音と、ハンマーから聞こえる冥界からの断末魔のような効果音が響く。
一拍おき、いつもの爆発音。
カエルが爆発する様子を見ることもなく、ガルドたちは会話に戻った。正確には会話ではなく、空気が抜けたような音が聞こえたに過ぎない。
「ぶはっ!」
榎本が奇妙な声を上げるのを、ガルドは怪訝な顔で見つめた。
白金の鎧を身に付けた男が、マントを張り付けた身体を折り曲げて手で口を塞ぎ、ぐねりと下を向いている。その表情は窺うことができない。
ガルドは大きな身体を右の前傾に屈み、榎本の顔を覗きこむ。耳が赤い。
がばりと起き上がった真っ赤な顔をした榎本が、口から手を離した。
「ぐっ、くく、お前……英会話が苦手なのかっ! だぁははは!」
「……笑うところか?」
弱点を吐露したというのに、慰めもせず随分素直な反応だ。ガルドは取り繕わないその榎本の性格が気に入っているだが、やはりイラつく。
笑いが止まらない榎本を愛剣で横から思いきり殴った。
ピンと張った音と共に、謎の透明なバリヤーに弾かれる。モンスター戦のクエスト受注中は仲間内での攻撃誤射、いわゆるフレンドリ・ファイアを防ぐ効果が現れるようになっている。もちろん知っていた。
それでも殴るのをやめない。
「っははは! ハイスペックなお前の弱点が、まさかの英会話……わりぃわりぃ、いやー、涼しい顔して英語なんて喋りそうなのになぁ。無口だけどコミュ力あるのになぁ、はは! 意外!」
「苦手なものは山ほどある。それに、コミュ力は無い」
榎本には、ガルドを正面切って美人だと断言した前科がある。この男の中で自分がどう思われているのか、ガルドは大層警戒していた。
嘘をつく男ではないが世辞を言う男でもない。信じられないことを言うがそれが信じざるを得ないことだとガルドは学習していた。だが自身にコミュ力があるというのはやはり信じがたい。無口で、口を開いても下手なトークしか出来ないのだ。だからなおさら口をつぐむ。どこが「コミュニケーション」だろう。
榎本が咳払いで笑いに区切りをつけ、一言謝った後に励まし始めた。
「お前にコミュ力なかったら、阿国だってボートウィグだってなつかなかったはずだろうが。俺とは違うタイプのコミュニケーションが取れてるんだよ、自信持てって、な!」
語尾の「な!」に合わせて背中を平手で叩いてくる笑顔の榎本に、逆にガルドの背中が丸くなる。
「……榎本みたいになりたい」
誰とでもすぐに打ち解けられ、英語も抑揚よく喋る榎本が羨ましかった。
「おいおい、嬉しいこといってくれるなぁ。まあ年の功ってやつだろ、お前も四十になれば会話に厚みが出てくるさ。英語だって、入社して無理矢理やらされた研修のせいだしな」
覚える気なんかさらさらなかったんだぜ。そう上機嫌で話す榎本に、ガルドはそれでも歯がゆい思いでギルドホームへの移動アイコンをタッチする。
自分が出来ないことを難なくこなす榎本に、否応なしに年齢差を感じた。それが悔しいと思うのは年下だからだろうか。追い付けない壁を破りたかった。




