13 デート
「後輩」
「はい!……え? 私を呼んだんですか?」
あれからオフ会に向けて動き出したみずきだったが、ある問題に直面した。難題である。オフ会に出るか出ないか悩んでいた時より悩んでいる。クローゼットで何日も悩んだが、答えは出なかった。
解決のためには自分ではどうしようもない。そんな折に見かけた後ろ姿を呼び止めた。昇降口にいたのは、噂好きな友人たちより口が堅い部活の後輩だった。そういえば、とみずきは言葉を止める。
「そう。名前、ごめん。忘れた」
「あ、春奈です。ハルでいいですよ?」
ハル、と名乗った彼女は相変わらず女の子らしい姿をしている。少し長めのスクールセーターを着込んだ紺のブレザーと、絶妙な長さのスカートが若さを主張している。全体的に校則通りだが、ローファーの色が明るめの茶色だ。
「ふふ、先輩に名前覚えてもらえるだけで嬉しいです!」
はにかみながらそういう彼女は、実際心底喜んでいた。無口で高嶺の花、下々と接点の少ない高貴な先輩という認識で広まっているみずきの、初めての後輩というのは誉れ高い。
「それで先輩、どうしたんですか? あ、よかったら一緒に帰りましょう!」
ガツガツ話しかけてくる彼女なら言わなくても一方的に話してくれる、とみずきは後輩ハルを高く評価していた。
「手伝って欲しいことがある」
「きゃあ! はい! なんでもお手伝いします! なにします? 喧嘩なら頭数揃えますよ?」
単刀直入に切り出したみずきだったが、熱の入ったハルの反応を見て心配になった。
「先輩、こんなのどうですか?」
「ん、ちょっと派手かも」
下校の不必要な寄り道は禁止されている。だが高校生たちにとって、そんなルールはあってないようなものだ。みずきもよくクラスメイトに連れられて買い物に寄る。だが、自分から誘うのは初めてだった。
「そっかーなるほど、先輩の好みわかってきましたよ! これですね!」
「さっきのほうがマシ」
学校と自宅の間に、洋服を売る店はない。みずきの生活圏は学校と反対方向にある小さな商店街で止まっていた。ネット社会の今、身体的なサービス商品以外はネットで購入できる時代だ。必要ない人間には、ショッピングセンターなど無くても全く問題ない。
だが、みずきは私服をネットで買うのが好きではなかった。値段やデザインより生地を気にするせいで、どうしてもショップに出向く必要があった。いつもは父と共に、知り合いの経営するショップに出向き一揃えしてもらっている。自分で選ぶことなど無に等しい。
しかしいつもの店で良ければ悩んでいない。みずきがクローゼットで困り果てた原因は、いささか上品すぎるというリッチな悩みだった。
みずきの個人的なイメージだが、あのメンバーはもっとカジュアルだろう。一番年下なのに見栄を張っているように思われるかもしれない。ここは、あの年代の男性がイメージしている女子高生の装備で乗り込むべきだろう。
そのための戦略アドバイザーとして、みずきは後輩のハルを起用したのだ。
「えーっ! 可愛いじゃないですか、この七面鳥!」
こんがり焼かれた七面鳥のイラストが中央に書かれた、厚ぼったいニットセーターをずいと勧められる。クリスマスプレゼントで祖母がくれる、というコンセプトで流行している欧米のアグリーセーターだ。可愛いのかもしれないが、チョイスがぶれてきている。違う、そうではないとみずきは首を振った。
「普通のでいい」
「わかりました、私が惚れ直すようなイケメンに仕上げてみせますよ!」
「いや……うん」
無難な返事しか出来ない自分を、みずきは内心で叱咤した。面白い切り返しが出来れば人生はもっと楽しいことだろう。
「先輩顔ちっちゃいし、肩もちっちゃくて華奢だからー、あっこれなんてどうですか? 首にボリューム持たせてバランスよくなりますよ」
「へぇ」
服を体格から逆算する、という考えは新鮮だった。ハルがあれこれ服を出しては、みずきの肩にあてる。女子高生に人気のショップというだけあり、普段の服よりカラフルでデザインも遊びごごろが溢れている。ハルはイケメンにすると豪語していたが、実際は真面目に服をアドバイスしてくれた。
一通り全身コーディネートを揃えたが、値段はいつもより控えめになった。今まで購入してきた服が質の良い高級なものだったことがわかる。
みずきは反省していた。浮世離れと友人に言われていたのは、恐らくこのことだったのだ。
「ふぁー、満足です! お金は先輩持ちで買い物しまくりなんて、すごく贅沢ですね」
先を歩いていたハルが振り返りながら話しかけてきた。とても満足そうな表情で晴れ晴れとしている。
「それに、私の分までありがとうございます! お揃いですね、ニコイチですね」
ニコなんとかというのをみずきは理解していなかったが、お揃いの服を喜ぶ心理は共感できた。交友関係を服装でアピールするというのは、つまり装備にマーカーを付けるなどしてギルドをアピールしたりするのと同じだろう。みずきにも身に覚えがある。SFアニメが好きなマグナの暴走により、チームロゴを作る羽目になったことがあった。
「助かった、ありがと」
「こちらこそですよセンパーイ! すっごく楽しかったです!」
いい後輩を持ったと思う。みずきは自分を振り返った。こんな素直で気の利く良い後輩には、逆立ちしてもなれないだろう。すごい子だと素直に感心していた。