129 カエルと行く国、なりたいもの
「海外の大学を、目指そうかと」
「……初耳だぞ?」
「昨日見つけて、今日初めて言った」
「進路をそんな簡単に——とりあえず、動機は?」
メロが居ないロンド・ベルベットの訓練は、基本的にモンスター戦になる。大型モンスターを狩る連続狩猟クエストに出撃したのは、いつもの相棒とであった。踊るように攻撃を繰り返し、大剣とハンマーがずっしりと重みを持ちながら翻る。チャージ音が時おり響き渡り、そこを狙うカエルをパリィで弾いた光が瞬いた。
榎本がそう質問してきたのを、迫り来る岩の固まりを、正確には岩を体の表面にびっしりとつけたガマガエル型モンスターを避けながら答えた。
「ハードにしろソフトにしろ、日本じゃVRを学ぶのに限界がある」
エリアの遠くに転がっていったカエルへ、ハンマーを腰だめにした榎本がスキルのチャージに入る。
「そうなのか? 研究学園都市はどうだ、あそこは特区だから——よっと!」
走ってきて攻撃に入ったカエルに、榎本は見切りスキルで回避。そのまま流れるように前進しスキルを叩き込む。コンボが途切れないよう、ガルドは通常攻撃でさらに畳み掛けた。斬撃音がひっきりなしに続く。
「あそこはハードしか開発していない。ソフトは神戸と京都が中心地だ」
「場所はバラバラなのはメンドいな。だが、どっちか選べばいいだろ?」
「大学の施設で、両方を研究している所がアメリカにある。正確には——」
岩を扇状に投げつける敵の範囲通常攻撃に、ガルドがパリィによるカバーリングに入った。
「施設に様々な企業が間借りしている形だ。学生も開発に『実習』という形で参加しているらしい」
その間榎本がチャージをする。何度もトライしているこのシチュエーションで、榎本の左半身に当たりそうな岩をガルドはわざとパリィしないまま、榎本の右斜め前にぴったり合わせつつ、雑談は止めなかった。
「なるほどな。学生しながら市場に出る前の最新機体触って、トップ企業が開発中のソフトをプレイできるってか? お前、大学に何しに行くんだよ……」
「もちろん勉強と研究だ」
パリィ回数を一段減らしたガルドが一瞬でスキルを未チャージで発動を済ませた。
水をまとった大剣は、いつもの鎌に形作られる前に岩皮膚のカエルの脳天に突き刺さった。
剣の周囲をほんのり水が覆うだけだが、属性値が二倍に跳ね上がる。ガルドがやらずに来たその戦法は、マグナの計算と調査によって戦術となり、ガルドの戦法に組み込まれた。
「お前、理系だったか?」
「……工学はド素人、プログラミングは基礎五言語初級。出来るのは、脳波感受での感覚と見よう見まねのマーケティング知識」
「そりゃあ……マーケティング? プログラムもか。となると——」
ガルドは研究肌だ。
知りたいことはとことんリサーチし、その知識をジャンルごとではなく複雑なネットワークにして引き出しにしている。思っても見ないタイミングで弾き出すその知識とアイディアに、完全な理系のマグナや、知識を数珠繋ぎで思い出す榎本はいつも驚かされている。
なりたいものが想像通りならば、なかなか向いているかもしれない。榎本はそう肯定的にとらえた。
「それに榎本、ダブルメジャーやマイナーという言葉は?」
そう聞きながら、ガルドが大振りに剣を薙ぐ。エンチャントスキルは切れていたが、属性を持つその大剣は通常攻撃でも良い切れ味だった。
「……なるほど、専攻を二つ選んだり出来るのか」
戦闘中にもかかわらずピタリと動きを止めた榎本が、マルチタスクで別添えのPC経由に情報を閲覧する。その榎本に襲いかかるカエルをパリィでカバーリングガードし庇いつつ、ガルドはさらに続けた。
「副専攻を選ぶというのは、日本では難しい。工学や開発、さらに数学やアルゴリズムが同時に出来る。メインに経営・マーケティングを持ってこれれば……なれるかもしれない」
ガルドが大剣の重い反動で対角線上のカエルの腕を弾き損ねる。
岩だらけの野太い腕が迫り来る。このままではもろに攻撃を喰らいそうだ。だが、焦りはない。
「夢はテストプレイヤーだったのか、ガルド! いいなぁ、楽しそうじゃねーか!」
榎本の大きな影が、上からガルドを守るようにすっぽりと覆い広がるのが見えていた。




