122 仮想空間ではいくら食べても太らないから
ロンド・ベルベットのメンバーが戦闘訓練を終えて帰宅し、明日に備えて寝静まるころ。
マカロンカラーに包まれたぷっとん渾身のチートマイスターギルドホームには、まだ例の二人が残っていた。
「あーもう、データ不足ぱない〜!」
戦闘を行うでもなく、ただひたすらフロキリの中で会話と情報収集を行っている。デザートがこんもりと乗ったテーブルの上は半透明のデータポップアップが何重にも広げられ、何事かが表示されては電子の海に溶けて消えていった。
「絶対なにか仕掛けてくるに決まってる、なのになんにも出来ないなんて……」
聞こえてくる声は、紛れもなく女の声だ。合成音声ではあるが、彼女の本当の声もそうだということをディンクロンはよく知っている。少女趣味なアバターとは正反対にグラマラスで色気があり、それを武器にして男社会で戦っている女だ。
以前の仕事先で同期の同僚だった彼女は、良いところまで出世した自分に並ぶほど才能豊かで先見の明があり、そして優秀だった。自分を越えるほどの愛国心も持ち合わせている。その才能が男社会で完全に発揮できていないことに悔しさを感じる程度には、目の前の彼女に強く肩入れしていた。
「出ないに越したことは無いがな」
「だからこそ最悪の事態は考えておいた方がいいんじゃないの。これで奴等の目的が上位プレイヤーの抹殺とかだったらどうすんの……防げるのに判断ミスで死なせるのが、一番サイアク」
最後の一言がワントーン下がり、殺気のようなものが節々から感じられる。ディンクロンはその意見には反対を示した。
「いや、敵の目的は恐らく素体だ。やつらの計画が真実ならば……」
「あーら、分からないじゃない。それにハワイじゃないところで起こるかもしれないし。そりゃあ優秀なプレイヤーが一同に介するのはハワイなんだけど……ううん、私の希望ね。外国じゃ私たち動けないもの。行って欲しくないの。自分達であの人たちを守りたい——そうね、コロシは無いと思う」
そう言って、小さくて短い足を組んで座り直す。リアルではハイヒールで誇張され見惚れるほど美しい仕草も、今の姿ではどこか笑いを誘った。子豚がポーズを決めているようにしか見えない。
しかしディンクロンは頬をぴくりともせず思考を続けた。
地元のプライドある警察が外国の調査チームを受け入れるとは思えない。ハワイでは自分達の好きには動けないはずだった。しかしアメリカの警察に日本側が持つ情報を提供するのは避けたい。ディンクロン個人はどうでもよいと思っているのだが、彼の上が眉をしかめる。
彼らが飛行機に乗ってしまうと、自分達二人はもう動けないのだ。目と口を閉じ、事件が解決されるのをじっと待つことしかできない。ディンクロンもぷっとんへ反論こそしたものの、飛行機に乗せることを回避できるならばぜひともそうしたかった。
「どちらにしろ奴らの動きが掴めないうちは後手になる。それが国内にしろ、国外にしろ、我々の杞憂で事件にならないにしろ、だ」
リサーチ力不足は大きな課題であった。
「せめて打って出るくらい攻勢に出れればいいのに。せっかく国のしがらみが無いんだから、アンタなんとかしなさいよ」
「それが出来れば苦労しない。圧倒的な人員不足だ」
「ほんとそれね。もっと百人とかいーっぱいスタッフがいればなぁ。アンタの部下でもこのヤマには触らせてないんでしょ?」
ディンクロンの部下は有能だが、今回の事件を取り扱える情報取り扱いの権限を持たないものばかりであった。
「こればかりは法を呪う」
「やんなっちゃうわ、闇に葬られる事件だとは思うけど——部下に終身刑のリスクがあることはさせられないし、上も許さないし。それでも人員増員ナシってサイアクじゃない!?」
彼女はまた皿をテーブルに強く置き、次の皿を手に取りスプーンに持ち変えた。皿には卵色をしたプリンと生クリームやフルーツが乗っている。
ピンク色のフェアリエン種は小さな口を目一杯広げ、それらを喰らいはじめた。明らかにストレス発散だと分かる食べ方で、ディンクロンは顔を引きつらせながら水を一口飲んだ。




