121 アイツを守るのは
「どうだい、調子。あんま心配してないけどな。ほら、君の腕は知ってるわけだし。早めに君たち同士で共食いしてくれると助かるぜ」
<フン……相変わらず紳士的なようで実は失礼な物言い。ワタクシ、その上っ面だけ取り繕ったカンジが嫌いですの。いいこと? アンタのためじゃありませんのっ、ガルド様のためですの!>
「おぉー助かるなー、俺は君のこと嫌いじゃないぜー」
<棒読みで言われてもちっとも嬉しくありませんの!……やつらは最近随分静かにしてやがるので、そのままでいていただけると楽ですの>
ヤジコー社製のフルダイブ機を売り払ってスペースの空いた寝室で、ベッドに腰掛けながら榎本は定期連絡をしていた。以前は相棒のストーカーだった阿国相手だが、最近はすっかりストーカー業から足を洗っているらしく、榎本はその認識を改め始めていた。話してみると案外悪い女ではない。
おだてて警護を依頼したこともあり、彼女に相対する榎本の口調はやけに丁寧だ。だが女性に向き合う際にキザになる彼にとっては、ほぼ素の口調であった。
「君のことだから大丈夫だとは思うが、油断するなよ? 当日は仲の良いプレイヤー達や鈴音舞踏絢爛衆も来てくれるが、どいつもこいつも引きこもり体型だからな」
<頼りになりませんの>
「そう言ってやるな、金のある奴はハワイまで『執事』やってくれるらしいから」
それは前回の世界大会で榎本にも一人着いてきた、一種の体のいい「使いっぱしり」のことであった。
<くぅ! うらやましい! ワタクシだって立派なメイドになり得ますのよ!?>
「メイド……」
<ハッ、メイドになれば! あの麗しい大きな背中をお流ししたり、朝に紅茶をベッドにお持ちしたり、ああ! あわよくばお洋服をお召し変えるの!>
「そういうのはない」
<じゃあ、ガルド様をワタクシの執事にしますの。それもそれで夢のよう——毎朝あの方に起こしていただいて、朝食はあの方の作ったフレンチトーストを食べますの! 『お嬢様、このままでは遅刻だ……』なぁんて言って! お姫様ダッコで高速道路を白馬で駆けますのよ! きゃあ、どうしましょう興奮が止まらない!>
「戻ってこい」
まず姫ダッコで乗馬など姿勢が矛盾している。榎本はそう考えるものの、ツッコミを入れる暇もなく阿国の話が続く。
<夜なんて、夜なんて、眠れない夜に呼びつけて『眠れないのか?』なんて言っちゃって! 一対一で決闘ですの! あの方にワタクシは一撃も加えられず、そのまま大剣で切り裂かれてダウンして眠りますのよ。ああ、最高の安眠ですの……>
通信の向こうで阿国がうっとりしているのが想像できるような声であった。榎本はその最後の下りに、相棒の影響力を感じとる。
あいつもそういうやつだ。眠れない夜に徹夜でログインすることも多い。
「……なんか、想像以上にガルドに似てるな」
<え?>
「戦闘が好きで、真面目にそんなこと考えてるところとか」
<似てる? あの方と?>
「そういうところが、俺もほっとけないのかもなぁ……」
<あ、あ、あなたなどに面倒見られているつもりはありませんの!>
「はは、そういうことにしといてやるよ」
榎本がそう笑うと阿国は挨拶もなしに通話を切った。ぶちりという音の切れ間と、後の部屋の空虚な無音がこめかみと耳の境目に混じりあう。
「……面白い奴だが、ガルドには会わせねぇよ。オフとオンをごっちゃにしてるやつには」
ガルドは強いやつだ。これが「もし永遠にガルドがオッサンゲーマーのままだったならば」自分が守るまでもないだろう。榎本はそうぼんやりと思い返しながら、この部屋で一時期暮らしていた少女を思う。すらりとしていて小さな背中だった。あの姿を知っていいのは、相棒である自分が面会を許した、害のない一部の人間達だけだ。
強い庇護欲を胸にベッドに潜る。不思議とゆっくり眠れそうだった。




