12 隠さない覚悟
ガルドはしかし、性別を偽っていたことをオープンにする恐怖に二の足を踏んでいた。
迷いに迷い、内容が事なため家族や友人にも相談できずにいた。しかし夜叉彦のある一言で、心を決めるとっかかりを得た。
「この年齢になって初めてだよ」
「なになに、初体験?」
「茶化すなって。ゲームしてお金貰うの、だよ」
ガルドは「当たり前だ」と聞き流した。ゲームは金銭を支払って行う娯楽で、逆に貰う人間など限られている。
大会参加に関わる作戦会議の折、夜叉彦はギルドホームのラウンジでフロキリ公式のウェブサイトを見ながらそう話し始めた。
「とうとう俺も仲間入りかぁ。あ、チーム所属としてじゃなくて日本代表ってだけなんだけど……」
「こっちじゃまだまだスポンサーは少ないからなぁ。チームで年俸制など、マイナータイトルじゃあり得んな!」
ジャスティンが半透明になっているポップアップを裏から覗きこむ。
公式の案内サイトには、今回の世界大会の賞金額がでかでかと書かれていた。最下位さえならなければ、少なくとも一つのチームへ賞金三百万円が約束されている。山分けだとして五十万。
「もっと若いときに知ってれば本気で目指したんだけどさ。へへ、やっと俺もプロゲーマーだ!」
「おっと夜叉彦。名乗るときは(兼業)を付けろよ?」
「(新人)、もだな」
「兼業はみんな同じだろ? 新人は俺とガルドだけだけどさぁ」
ギルドで最も後入りの夜叉彦がそうからかわれているのを、ガルドは頭を金槌で殴られたような気持ちで聞いた。
プロゲーマー。まさかの一言だ。ポーカーフェイスを維持しつつ、鋭い眼光で夜叉彦たち三人を覗き見る。
既に自分はプロゲーマーの一員だったのだ。現にギルドメンバーのうち夜叉彦とガルド以外は既に兼業プロゲーマーだ。ロンド・ベルベットはすでに世界大会に出場経験がある。あの榎本でさえ、三年前にヨーロッパで場を踏んでいるのだ。
そして、プロゲーマー経験者がやがてテストプレイヤーに収まるケースは非常に多い。
なれるのだ、VR世界の住人に。仕事に出来るかもしれない。ガルドは自然と口が開き、慌てて歯を食いしばる。最先端のその世界のなかに居続けられる。その事実が、かたくなだった「女子高生だと仲間に内緒にし続ける」決意を崩した。
腹をくくるしかない、とガルドはシワが寄った眉間を親指で揉みほぐした。そして仲間たちをぐるりと見渡す。かれこれ三年近い付き合いで、ソロの頃を含めると四年になる。黙っていたことを素直に謝れば、恐らく大した問題にはならないだろう。自分が逆の立場なら笑って許す。メロが女だったとしたら、逆にしっくりくるほどだった。
だが、なんと切り出すべきだろうか。ガルドはほぐしている眉間が再度ぎゅっと固まるのを感じ、ため息をついた。ネナベだということ、年齢まで詐称していたこと、本当は二十歳にもならない青二才であることなど、その全てを明かす時が来たのだ。
目を開け顔を上げると、いつものように仲間たちは和気藹々と談笑していた。
「やっぱ東京かな? 関東が多いんだもんね、当たり前か」
「そうだな。やはり聖地アキバか?」
「え、そういう感じなの? 待って、ウチ行き方分からないんだけどー! 羽田からどうやって行けばいい?」
「俺ぁ飯がうまいところならどこでもいいぞ!」
すでに場所をどこにするかで盛り上がっている。地方組のために、首都圏メンバーがあれこれ案を出した。宿泊場所としてどんな場所がいいのか。食事の内容。アキバで行きたい店などを尋ね、該当するポイントを絞っていく。
「ガルド、お前確か横浜だったな。築地とか行ったことあるか?」
「……いや、ない」
「そうか、勿体無い! もつ煮と卵焼きがうまいらしいぞ!」
「魚じゃないんだねー」
「魚じゃ北海道が優勝。築地でも勝てないぞ」
「じゃあ北海道おいでよ、美味しいよ~」
「今度な。メロもなんだかんだ好きだろ? 東京」
「好き! 一日早入りしてショップハシゴする!」
「原宿とかな」
「銀座はどうだ、綺麗どころが多いぞ?」
「ジャス……ウチが好きなのはファッションと雑貨だって言ってんじゃん」
「だはは! そうだったな!」
観光の話から日本初上陸のレストランの話題になり、そこから料理に合ううまい酒の話へ飛んだ。さらにアキバで新型フルダイブマシンが見たいとマグナが言い出し、ゲームセンターでの装備関係なしのワンタイムVRアクションゲームを一緒にやりたいのだとジャスティンと榎本が語る。容姿の話題は一切出てこない。同じ疑問を持ったらしい夜叉彦が、訝しげに尋ねた。
「飯と酒とゲームって、いつも通り過ぎない?」
「当たり前だろ夜叉彦。俺らだぞ。オフでもやることは変わんねぇよ」
榎本が逆に「一発芸でもするか?」と茶化し、夜叉彦は首を大きく横に振った。普段の延長線上でオフ会をするつもりらしい。そうだった、とガルドは少し笑う。
このギルドのメンバーは上っ面など気にしない。身体的なことに引っ張られず人格で会話が出来る、オンライン特有というべき友人関係が築けていた。
自分を拒否されかねないカミングアウトへの大きな不安が、じんわりと溶けていくのを感じた。ガルドはポーカーフェイスのまま、楽しげな仲間たちの話に耳を傾け続けた。
やがてメロの「会議飽きた」の一言で、三十分ほど簡単なクエストをこなした後に解散となった。
戦闘はまさに絶好調で、彼らの活躍を周囲のプレイヤーが撮影しコミュニティサイト・ブルーホールへアップロードするほどであった。息のあった攻撃、マグナの的確な作戦、アイコンタクトが冴え渡る。少数精鋭の上位ギルドならではの、迫力ある戦闘が話題を呼んだ。
日本国内のサーバーでは敵無し、世界の舞台で首位争いをするほどの実力チームで間違いない。動画のコメントはそう締めくくられていた。
「ふぅ」
ふんわりと体に眠気がやってくる。シャワーを朝に浴びることも多いみずきは、手早く身支度を整え就寝準備に入った。課題やらは早めに学校に行って行うことが多い。ゲームができるのにできないという状況がストレスで、家は楽しい空間、学校は勉学のための空間と分けて考えていた。
大学受験前は、そうはいかないだろう。みずきはふと机を見る。綺麗さっぱり何もなく、参考書は本棚にしまわれていた。とりあえず進路はさておき勉強はしなければ、という先の見えない不安がみずきを襲った。
「くしゅん!」
体が冷えている。ログイン中は気にならないのだが、付けていた暖房がタイマーで切れていたようだ。エアコンを再度タイマー付きでつけ、ベッドに潜り込む。辺りがしんと静まりかえるが、時折階下から物音がした。
母だ。みずきは帰ってきていることにさえ気付かず、おかえりという声すらかけない。
みずきは孤独ではなかった。母とそりが合わないのは昔からだが、父との仲は良好だ。だが二人とも忙しく、友人たちとは価値観の違いから親友にはなれなかった。だが一人ぼっちではない。それだけで、自分はまだマシなのだと思っていた。
「……ん」
ここ三年で、みずきは自分が「贅沢になった」と思っている。もっと人と仲良くなりたい、もっと人と接点を持ちたい。自分には余る欲望だとさえ思った。だが、あのギルドでなら贅沢を望んでもいいと思えた。彼らになら甘えられる。彼らとなら幸せになれる。
それが壊れるか、もっと強固なつながりになるか、それが決まる時が来たのだ。
不安を打ち払うようにふっと息を吐いてから、みずきは眠りに落ちていった。
もう築地ではなく豊洲ですが、あえて書いた当時そのままにしておきます。SFジャンルの作品ですので「築地からの市場移転が中止となった世界線」とご理解ください。