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119 猫が語る定義はクリア済み

 ガルドは、連絡先を父親に設定していた。

 それは十七年という短い人生の中で刻み込まれた習慣のようなものである。幼稚園のころから現在までずっと、保護者の連絡先は父親の端末だった。求められた通りにそう書き、それ以外に選択肢があることなど考えたこともない。

 学校とは無関係のゲームであってもなおそのまま安直に父にしたことを、ガルドは「当たり前ではない」ことなのだと今初めて知ったのである。

「……不思議だ」

「どうした?」

 ディンクロンが氷水を飲みながら話を聞いた。彼は強い味のついた飲み物を嫌う。それにガルドは深く共感した。甘味が今以上に苦手ならば、きっとガルドも水を好んだだろう。

 こういった好みと性格が似ている男だと思う。無口で仏頂面というのは、そこから派生した少しばかりのエッセンスに過ぎない。両親とは似なかった部分で、これほど似ているディンクロンとは家族でもなんでもない。

「赤の他人と家族になるのは、とても不思議だ」

 誰に言うでもなくそう言ったガルドを、猫の顔をしたディンクロンが大きな猫目を細めながら聞いた。

「お前の家族なら、ここにたくさんいるだろう」

「ここ……」

 ガルドはそう言われ、ぐるりと茶会会場を見渡した。

 ジャスティンがぷっとんと議論を続けている。固定電話が緊急連絡先になりえるかどうかという議題に、田舎では端末通信機器を持ち歩かないのだと反論しているようだ。

 そこをメロが論破する。北海道の農耕地エリアに住む彼は立派な田舎民だが、家族は全員端末を片時も離さず持ち歩いていると自慢した。

 ぷっとんは「何かあったときに即座に連絡がつく」というのを緊急連絡先の条件に上げた。マグナが職場を指定した理由も勝手に暴露しながら、ピンクのポニーテールをブンブン振り回しつつまくし立てる。

 一般企業の人間に情報系が抱える情報管理のジレンマは伝わりにくいらしく、メロもジャスティンも頭に疑問符を浮かべていた。ぷっとんは「とにかく!」と話を早々に切り上げ、別のアプローチで喋り出す。

 理解できないこともある。それを否定しない。

 榎本と夜叉彦は傍観の姿勢をしながらも、二重ログインの際に自動通報の仕組みが出来た動機について話していた。夜叉彦は政府の無能説を、榎本は何らかの陰謀説を唱えている。

 向いている方向、考え、信じている物語。様々な要素が被ることなく存在している。

 これが家族かと言われると怪しい。共通性が皆無だ。

「家族はもっと……同じ方向を向いてると思っていた」

「確かに、家庭を持つというのは共通のビジョンを持つということだ」

 ディンクロンが普段より饒舌に話し始めたのを、ガルドは珍しいと思いながら聞いた。彼はすでに家族を持っているのかもしれない。自分のアバターより若い青年風であるが、その中身までがそうだとは限らない。妻や子がいるのだろう。その口ぶりは強い説得力があった。

「二人の人間が恋に落ちて共に生きることを誓っても、そのビジョンがずれていては、家族という共同体を何十年もキープするのは難しい。だが愛がビジョンの必要性を取り払うこともある」

「愛……」

「許す、歩み寄る、譲歩する……自分を殺す。度が過ぎるとよくないが、そうすることが出来るというのが重要だろう」

 猫へ親愛を示す際の、ゆっくりとしたまばたきをディンクロンはわざとやってみせた。

「人間関係は複雑だが、その要素一つ一つにYes・Noを突き付け続ける必要はないだろう。ただ許容するというのがあっていい。もちろんそれは相互であることが前提だ。片方だけが許容するのは愛ではない、共依存……病の一種だ」

「お互いに認めあうのは、難しいことじゃない」

 ガルドは仲間達と自然に付き合ってきた経緯を思う。ギルマスが作った風潮は大切に受け継がれきた。しかし厳密なルールというわけではない。ただ少し意識して仲間を大切にしているだけだった。

 ディンクロンが一層真面目な顔でガルドを見た。

「それは誰にでもしてやれることじゃない……それが出来る相手を、血筋はともかく家族と呼んで良いだろう」

「家族と」

「ああ」

 仲間をそう呼んで良いのか。まだガルドは躊躇があった。血が繋がっていることがそう呼ぶ前提であることは、小さな子どもでも知っている常識だ。

「ロンド・ベルベットのポリシーのことは、現役のころのベルベットに聞いたことがある。やろうとしてできることではないだろう——お前達は、家族の新しい形だ」

「だが緊急連絡先には出来ない」

「あぁ、それは住まいがバラバラだからだ。生活を同一にしていれば連絡先になり得る。住所でもなんでも偽装できるだろう、あとはAIに信用させるだけでいい。普段している日常会話のログなら一発だ」

 ガルドはその鋭い眼光をぱちくりと瞬かせる。そういえばこの男は「ルール違反でゲームをするグループ」のリーダーをしているのだ。

「ずる賢い」

「誉め言葉だな」

 すかさずディンクロンが言いきった。

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