115 ピンク色の妖精、現る
ハワイ会場のフロキリ世界大会まで、あと二ヶ月を切った。調整も佳境を迎え、心配なことをしらみ潰しにしては良いところを伸ばす作業だけが永遠と続く。
そんな平日夕方の、螺旋階段を抱える巨大な水晶体で出来た城の中。
ログインしたガルドは、たまたま同時だったジャスティンと合流してギルドホームへ向けて歩いていた。
「高校の勉強というのは随分範囲が広いな!」
「得意を伸ばし、苦手は放っておくのでいい」
ジャスティンの息子と一つ違いのガルドは、高校の勉強範囲について相談を受け、とある方法を勧めた。
「とにかく成功体験」
「ウム、得意な科目で良い点を取る経験ということだな!」
「そこからやる気が他の教科に感染する」
「数学ばかり注意していたのを、体育に変えればいいのか!」
「——ジャス、五教科の中での話だ」
「五つか。そうか、体育は含まんか!」
小さな体の大きな口を開けて、ジャスティンは大笑いした。ガルドもつられて小さく笑う。
偏差値四十というのは、進学校に通うガルドにとって未知の世界だ。どの指導で中央の五十まで辿り着けるか見当もつかない。それでも成功体験を勧めたのは、ガルド自身が受けた祖母流学習指導の受け売りだった。
雑談をしながら城出口のあたりに進むと、少し離れた壁際に珍しい姿を見つけた。
ピンクのツインテールをふわふわと揺らしながら、小さく華奢な体をアピールするかのようにフェアリエン種が小刻みに跳び跳ねている。口元が動いており、どうやら何かしゃべっているらしい。
「だから……でと、危険で……と……を中止に……」
遠すぎてよく聞こえないが、ただ事ではなさそうだった。ガルドは気をとられ、思わず足を止める。
「どおお! いきなり立ち止まってどうしたというのだ!」
すぐ後ろを歩いていたジャスティンがぶつかり驚いた。少し目線を下にしながら、ガルドが件のフェアリエンを指す。
「何か話している……危険とか中止とか」
「む? チートマイスターのところのサブマスじゃないか」
監視業務のザルさに定評のある運営にしょっぴかれない程度の、ライトな改変コードや各種MODをフル活用することで有名なギルドが【チートマイスター】だ。実際にチートらしいMODはあまり使わない為「名前負けしてる」というのが、同サーバーで共同生活する日本人プレイヤー全体の認識だった。
彼らは主に「時間がなくプレイできない」といった事情を抱えるプレイヤーばかりが集まっている。手を出す理由も分からなくはない。そのため運営への通報があまり行われないグレーゾーンの住人達になっていた。
ある程度のMODは公式も認めており、眉を潜める程悪質なプレイヤーはすぐ通報されアカウントが消失するが、チーマイは注意メッセージ程度で済んでいるらしい。
ロンド・ベルベットとしては「一応ルール違反だから距離は置くが、対戦相手としてよく顔を合わせる相手」という存在だった。
サブマスはガルドがソロで活動する頃から懇意にしている、有能なレイド専門プレイヤーだ。フルダイブ機を三台所有するほどに熱心な、その手の開発畑に顔の広い人物だと聞いていた。
榎本が「中身は男、危険だからリアルの自宅に転がり込むような真似はするな」と警戒していた相手でもある。
「ぷっとん」
「あやや! ガルドじゃん! 本日はお日柄もよくぅ~」
視界には表示されないものの、マップには「∋†悪夢姫☆ぷっとん†∈@ちーまいさぶ」と書かれているはずだ。字数ギリギリの痛々しいネームだが、この手のゲームではたまに見かけるタイプのネーミングセンスだった。
初回投稿版ではぷっとん登場前に差し込んでいた短編「ミルキィウェイの奥底に」は、本編に直接関わらないのでこちらには載せないことにしました。
後日、紙媒体での頒布か、もしくはこちらではないページでの公開になります。




