11 佐野みずきには、夢がある。
ロンド・ベルベットのメンバーは日本国内にまんべんなく散っている。東京に住む榎本と夜叉彦、横浜に住むガルド、九州に住むマグナ、北海道に住むメロ、名古屋に住むジャスティンとそれぞれ全国区だ。半数が首都圏だが、ガルドがギルドに参加する直前のギルマス引退会合を最後に、集まってオフ会など実現しなかった。
今まで話が上がらなかったわけではない。他のプレイヤーとオフ会をすることの多い榎本に、ガルドは何度か誘われたことがあった。しかし会うことよりもゲームを進めることに興味があった為、いつか会おうと誤魔化してきた。
「運営から届いた書類にさぁ、一人ひとり、書かなきゃならないところもあるんだよねー」
「ちょうどいい、雑務を済ませがてらオフ会。どうだ?」
「そうだな。お前らの顔が分からんまま海外行くのは不安だ」
「懐かしいね、前回の大会前も集まったっけ」
国内オフ会が企画されている中、ガルドは内心非常に困っていた。元々、この話が上がった当初は自分のリアルを明かすつもりなど毛頭なかったのだ。このまま隠し続け、遠征は辞退するつもりだった。
今は違う。ガルドには今、悩む程度に参加意欲がある。
決めきっていた辞退から一転して遠征に行くことを悩み始めた切っ掛けは、高校から配られた一通の「進路調査書」だった。
ガルドが通っているのは県内有数の進学校だ。当たり前のように大学進学を求められる。国公立や一流私立大学を目指すことが良しとされ、二流私立や専門学校は二の次だ。
ガルドは疑問を持った。そして今なお悩んでいる。大学に進むことが幸せなのか、それとも別の人生が幸せなのか。そもそも、自分は何を勉強したいのか。卒業して就きたい仕事はなんなのか。
どれもこれも、ギルドのメンバーに影響を受けたからこその考え方だった。
農家のメロは、地元の公立農業高校が最終学歴だ。美味しいジャガイモを作っている。そして専業農家であることに誇りを持ち、品質向上の努力を続け、一家で大きな農場を運営していた。首都圏生まれのみずきには想像もつかない世界だ。
ジャスティンは高卒で会社に入り、現場で叩き上げられ成長したと言っていた。小さな会社だが、だからこそ地域のニーズに答えられる柔軟な業務が出来るのだという。
有名大学から大企業、というルートが幸せの全てではない。リアルの周囲が口を揃えて言う幸せの定義に、ギルドの仲間たちは真っ向から立ち向かう人生を歩んでいる。そして十二分に幸せそうだった。
成績だけで言えば、ガルドは完全な文系だ。特に社会科に長けており、教師からはその分野の大学を勧められている。学力の面で国立大学の経済学部への進学は安全圏内だ。
しかし経済を勉強したいわけではなかった。
しかし何がしたいわけでもない。人の役に立つ仕事がしたいわけでもない。ビジネスで名を馳せる野心もない。
ただ、将来の自分の夢想として、ある漠然とした憧れの対象がいた。
フルダイブのVRシステムが一般に普及し初めて早五年。まだまだ発展途上なこの分野を牽引しているベンチャー企業はいくつもある。既にベンチャーと呼ぶには巨大になった分野で、開発者と共にシステムをテストプレイをして生計を立てる職種が出始めていた。
彼らの原点は、ヘッドマウントディスプレイ型が市場に出回った数十年前からVRゲーム業界で活躍してきた、当時の一流プロプレイヤー達だ。彼ら以上にVR世界に長く居る人達はいない。
文字通りの住人として、彼らは競うプレイとは別のプロとなった。
プロゲーマーの引退は二十代だが、このテストプレイヤーに引退はない。最新システムのチェック・批評・改善策の提示が仕事であり、求められるのはゲーマーとしての瞬発力ではなく、あの世界で生活してきた経験と知識である。
本気で彼らのような仕事につけるなど考えていなかったみずきは、しかし、現役テストプレイヤーの仕事を見てみたかった。純粋な憧れと将来への漠然とした不安が、彼女を激しく奮い立てる。
会ってみたい。そう思うと、世界大会は絶好のチャンスだった。
テストプレイヤーたちは、最新VRゲームシステムのコンセプトモデルを引っ提げ、各地で行われるフルダイブタイトルの世界大会に出没するのだ。プレイヤーに操作方法を指南するアドバイザーとして、そして新発売モデルのPRを兼ねている。
世界大会への海外遠征は、彼らの仕事を直接見る最初で最後のまたとない機会だった。