108 それは所詮、娯楽でしかないのだと
「どうだ?」
「絶好調だね! 会場で度肝を抜けると思うよ~」
「フッ……逆にならないことを祈ろう」
「びっくりするような戦法が繰り出されるのも、若干楽しみではあるけど」
戦闘エリアからギルドホームに戻ったメンバーは、映像ログを見ながら反省会を開いていた。その場には、相手をしていた鈴音とロンベルレイド班の即席チームもいる。
「はぁー、楽しかった……」
「先輩、どうでした? 閣下に両断されて!」
映像には、ガルドがトドメを二回刺したタンクの最後が映っている。彼女を先輩と呼んだボートウィグが、あからさまに羨ましそうな表情を浮かべながら聞いた。
彼女は満面の笑みを浮かべ、鈴音の後輩ボートウィグに語りだす。
「最高だね! 癖になっちゃうのわかるよ。こう、斬るときにさ。私のボディをじっと見つめてからズバァァーっていくじゃない?」
「そうそう! その熱視線が……あ、そこですそこ!」
映像を一時停止し、スローに切り替えてガルドの斬を見いる二人。揃ってため息を一つ。
「いいわぁ……でも、自分視点の方がいいね」
「僕、ストックしてますよ! 今日の撮りたてホヤホヤもあります!」
「やるわね。でも私だってメロさんの『ハイテンション台詞集』集めてるから!」
「メロさんいっぱい喋るからいいなぁー。あ、閣下ですけどね、斬った瞬間小声で『しぅっ』ていうじゃないですか。息吸う音なのかな。あれセクシーですよね!」
「え、マニアックだし気付かなかったんだけど」
「もっ・たい・ない!」
「あんたがコア過ぎるんだよ」
鈴音舞踏の二人が話すのをこっそり聞きながら、ガルドはぴったり口を締めようを決めた。
「ほどほどになさいね、みずきさん」
「……ん」
「母さん、許可はしましたけど。本当は辞めて欲しいと思ってますからね?」
「わかってる」
「海外の件も、母さんは反対です。父さんが良いと言ってしまったからもう何も言いませんけど。まだチケットとっていないんでしょう?」
「もうとってる」
「……やめれないの?」
「行くから」
「みずきさん!」
部屋に入り浸って週末を送っていたガルドだが、空腹に耐えかね階下に降りざるを得ないときもある。夕食の時間帯にリビングに入ると、眉間にシワを寄せた母がソファで新聞を読んでいた。深く腰かけない彼女が背筋をぴしっとしてこちらを見ている。居心地が悪い。
続けて何事かを母が言うのを、ガルドは聞かずにその場で立ってやり過ごした。
電子社会になった今も紙の新聞は廃れることがない。その匂いと安っぽい触り心地が嫌いでないガルドも、ああしてソファで読むことがある。もちろん姿勢は深く腰掛け、時おり肘当てに頭を乗せて横になって読むことさえあった。
後であれを読もうと目で新聞を追い、それをくしゃりと握る母の存在をはたと思い出した。
そういえば説教中だった。
ガルド、つまりみずきが持つ年相応の逃げ癖は、母から逃げる際に鍛えたものだった。話を聞かないことで彼女の怒りから逃げる。母の注意を忘れることで問題から逃げる。後回しにすることで目先は逃げる。母を忘れることで逃げる。
今までそうやって、なるべくストレスにならないようにしてきた。
「……もう逃げない」
自分に言い聞かせるように、みずきは呟いた。ぴりぴりした空気の二人に、別の声が掛かる。
「ほらほら、今日は父さんがたっぷり煮込んだ豚の角煮だぞ?」
「うん」
父の優しい声に、みずきは母をさておきダイニングテーブルに向かった。




