107 トドメをさすか、被虐嗜好か
とにかくメロは寄られると弱い。
距離をとろうにも夜叉彦ほどの加速ができない。逃げようがないメロが「もし味方の援護が少ない時に寄られたら」という対策は必要だった。編み出した結果こそ、軽量ボディを生かして「飛ぶ」ことだった。
マグナの発案から訓練を繰り返し、ガルドとジャスティンはメロを飛ばす技術を着々と身に付けてきた。多少乱暴だが、その破天荒さがメロは楽しいのだと言う。
当の本人は自分で飛ぶ方法に加えて上手い着地方法、そしてどれだけ離れれば数ある詠唱魔法のどれを行使できるか学んだ。
ガルドの丸太のような腕から発揮される腕力で飛んだ場合、一分半掛かるチャージが丁度良い。ジャスティンの盾に乗って回転を掛けてからの自力ジャンプでは、一分が固い。この魔法だと間に合わない、あっちでは時間が余る——あれこれと試すのは楽しかった。
詠唱しながら出来る動作で回避する訓練も、メロは楽しみながらできていた。
「げっ」
盾と銃を構えた女性盾役プレイヤーが接近してくる。自分のタンクとガードの二人は何をしているのかと、メロはさらに遠くを目を凝らした。
黒い大剣を翻すガルドは、片手剣士にとどめのスキル攻撃を叩き込んでいるところだった。ジャスティンは遠い。彼らの支援は見込めないが、メロは不敵に笑う。
この状況こそ、訓練の目的だった。
ロックオンされた際のアラートがメロの耳奥に響く。
魔法スキルの詠唱中は見切りスキルが使えない。だが、攻撃を避ける方法はゼロではなかった。
銃から弾丸が飛び出しメロに迫る。
「えい」
杖を肩の高さで維持しながら、ひょいとしゃがんだ。弾丸軌道上にメロの身体はない。
嬉しそうな笑顔を圧し殺し饅頭のような顔になっているタンクが、今度はしゃがんだメロに当たるように一発打ち込む。彼女はメロを慕う鈴音のメンバーで、他を無視して彼に突貫してきたのも道理だ。
「どぉー!」
手を杖から離すとチャージ解除になるため、右手だけはそのままに、左手を地面について前方に回転する。
足の動きを指示する脳内イメージが乏しかったせいか、脳波感受のコントローラはそれを「でんぐり返し」と処理した。ころんと転がり、柔軟な足首で着地する。
長時間一対一でいる必要はない。だからこそ、無茶でもなんでも避けながら詠唱をキープする。それが対銃使いの場合の、メロオリジナル回避法だった。
「ナイス」
ぬっと後方からやって来て袈裟斬りにタンクを斬ったのは、片手剣使いとさらに奥の魔法使い・ボートウィグをあっという間に片付けてきたガルドだった。
「ガルド、ありがと! 早かったね~」
「急いだ」
「あ、もう一発お願いします!」
「ん? そうか」
HPゲージが赤点滅で止まってしまっている。斬られたはずのタンクが立ち上がり、ガルドに袈裟斬りのトドメをアンコールした。
グロさを抑えたデフォルメの流血エフェクトが、背中から定期的にぴゅうぴゅうと吹き出している。にも関わらず笑顔でトドメを注文する様子は、ガルドの攻城戦ではよく見る光景だった。
大剣をもう一度大きく振るい、叩き斬る。タンクは「満足です!」と言いながらグレイに変化した。
「フロキリのプレイヤーってドMばっかりだよね。リタイアボタンあるのに」
「それは……自分達にもブーメランだ」
喧嘩していた母から「手術までやって一体何が楽しいの! そんな一銭にもならないような、勉強にも役立たないものを!」と怒られた折に、自分がまさか被虐嗜好なのかと悩んだガルドであった。




