105 カタパルト射出
ヒューマン、ドワーフ、エルフ、フェアリエン、ケットシー、コボルト。これが、フロキリで選択できる六種類のアバター用種族だ。
ケットシーとコボルトだけは頭部がほぼ獣の姿をしている。尻尾や手など、獣人としての特徴を持った特殊なスキン。能力に差は無いが、ボディがデフォルトでは細身に設定されている。それをあえて太めに設定してオスケモを楽しんだり、身長を小さくしてマスコットのようになることも可能だった。
ただ、人で言うところの髪の毛だけが、ヒューマンのそれと全く同じデータを流用している。日本人は違和感を覚える傾向にあり、人気は低い。唐突なヘアスタイルが毛並みに馴染まず浮いているのだ。
海外製品のfrozen-killing-onlineは、そういった美的センスとそれを実現できるキャラメイクが外国仕様となっている。
ヒューマンアバターの顔がどことなく西洋的なのもそのためだ。ガルドはその異世界を満喫できる仕様が気に入っていたが、近年の原点回帰という日本のブームには逆流しているため、フロキリだけでなく洋物ゲーム全般は急速な過疎化が進んでいた。
戦闘の難易度の高さ、西洋的なキャラメイク、そして生産やストーリーなど日本人好みのエッセンスが乏しい点などが敗因だろう。しかしガルドにとっては有りがたい。バトルジャンキーの思考は単純明快、とにかく戦いたいのだ。
この世界は楽しくて仕方がない。
剣を握りしめる。敵を見据えながらガルドは、焦げ付く高揚のまま走り出した。強く踏みしめた足元に茶色の砂煙が舞う。
戦闘に特化したバトルフィールドは雪の無い砂塵舞うただの茶色い空間だ。それがいい。美しい白いフィールドも舞い降る雪も好きだが、ガルドは、戦うためだけに用意されたこの戦場も好きだった。
フィールドの至るところで、爆発と金属の衝突がけたたましく音を立てている。その中央エリアで訓練の中心人物が危機であった。迫り来る一筋の閃光をメロが青く光りながらすんでのところで回避し、飛距離が足りず、背中に爆風を受けた。
「どわー!」
悲鳴をあげながらこちらに飛んでくる彼を、駆け付けたガルドが正面からがっしりと受け止める。
「ありがとっ」
「ん」
右利きのガルドは両手持ちの大剣を右だけで持ち、左腕でメロの腰をしっかりと抱える。ガルドの半分ほどの細い腰は、腕をぐるりと回せば安定感があった。
すぐ後ろから剣の風切り音がする。ガルドは目を向けることなく、大剣を後ろに横一閃斬りに振った。
爽快感のあるパリィの音が背中から聞こえる。何度も繰り返し身体で記憶した片手剣使いの一般的な太刀筋、それに適した剣筋を試しにやってみただけだ。が、パリィは成功したらしい。
大会本番では、これを相対するプレイヤーの手癖に変えてやればいい。そう思いながら前方にダッシュ回避。ローリングはしない。メロを抱えたままでは不可能だろう。
「飛ぶぞ、つかまってろ」
「早いね!?」
驚きつつ敵から目を離さないメロを「後衛とはいえ立派な戦士だ」と内心褒めた。続けてガルドは手慣れた動作で、腰についているアイテム袋の口を、大剣を持ったまま小指でくんと引っ張る。
袋から飛び出すようなアニメーションを交えながら、アイテム欄が横一列へ瞬時に表示される。迷わず「カタパルト」を選択した。
これは選択直後に使えるものではない。使い始めた後、少しばかり操作が必要だった。一瞬で視界が空に上がり、飛ぶ鳥の様な目線へと変わる。フルダイブでは珍しい他人称視点モードだ。
鳥瞰で自分とその周辺のエリアを見ながら、現地点より敵から距離をとるポイントに着地点を設定する。指定そのものはフルダイブ機における銃撃ゲーム、FPSのエイム視野優先操作に近い。目でターゲットを見ると銃口を持つ腕がそれに合わせて勝手に動くような、独特な操作感覚だ。
その筋のゲームを遊んだ経験のあるガルドにとっては、違和感の無い動作だった。
「なんだろ、すごい安心する~」
「そうか。ついでにアレ頼めるか」
早くも状況に適応してリラックスし始めたメロにガルドがアゴで自身の三時方向をしゃくってみせた。豆粒のように遠いが、ターゲットアラームで気付いたのだろう。「はいはーい」と大根よりずっと太いガルドの首に肩を回しながら、愛用の杖を構えた。
自分達をターゲットロックする小さな雷の球体が四つある。相手魔法プレイヤーの、追尾効果持ち単詠唱系魔法スキルだ。
メロのスキルならば見切りスキルで回避するより確実に処理できる。見切りの成功率が「ジャンプ・ダッシュ・攻撃直後・被弾直後・アイテム使用前後」に三割を切ることを考えると、カタパルトでの飛行中も失敗するだろうという予想からだった。
着地地点を指定し終わったガルドの足元から、ガンメタルのハシゴのような機械が飛び出す。ごてごてした装飾とバネのようなものがいくつもくっついているが、基本構造はハシゴにしか見えない。フロキリにおける特攻アイテム、カタパルトだ。その付け根に申し訳程度の足踏み台が付いている。台はガルドの真下に発生し、せりあがることで自動的に使用プレイヤーの射出準備に取りかかる。
リボルバーの拳銃のような間の抜けた射出音をあげながら、カタパルトがガルドたちをピンボールのスタート部分のように弾いた。
「うわぁっ!」
急速な上昇と共に、ガルドとその小脇に抱えられたメロが空中に飛び上がる。瞬く間に、五階建てのビルを越えるような高さまで飛び出した。
それはまるで、雲の上から釣りざおで引き揚げられたかのような動きだった。
「わぁー……」
風を受けて勢いよく飛び立つ二人を、レイド班の片手剣士が口を開けて見送る。カタパルトは本来レイドや攻城戦で使用するものだ。対人戦闘で持ち込むアイテムではない。言いたいことはわかる。「なに考えてるんだ」という感じだろう。
ガルドは彼らの顔を見て、思わずくつくつと笑った。




