104 仲間と忠犬、訓練準備
マッチングがうまくいかなかったことが多く、訓練相手はギルドのレイド班メンバーか親切な鈴音に依頼するようになっている。
「さて、レイド前で忙しいところ悪いが、練習相手を頼む」
マグナのその発言を聞き、弾かれるようにレイド班が素早く名乗りをあげた。
「あ、俺らやるぜ!」
「マグナ参謀、僕たちがお相手します!」
「構成が均等な私たちが適任よね?」
集まっているのが六人一組戦闘パーティのリーダー格たちだと、ガルドは顔ぶれを見てわかった。その面々は、レイド班でも戦闘に力を入れている本格派のプレイヤーばかりである。
ロンド・ベルベットのレイド班は装備のクオリティにばらつきがあり、自信の無いパーティが一歩引いているようであった。その中に混ざる形で、正確には他のギルドである鈴音メンバーが紛れ込んでいる。
「う……」
そしてボートウィグが手を挙げずにそちらに含まれるのも、納得のいくことであった。実力は間違いなくあるものの、ログイン時間が減ってきているために彼の装備は「時代遅れ」になってしまっている。
しかし、とガルドは考えた。今回の訓練に装備レベルは関係ない。属性ですら関係ない。回避できるか出来ないか、というところが目的だ。
「マグナ」
「どうした?」
「今日は、チーム関係なく腕の良いメンバーを抜き出すのがいいと思う」
その発言に、周囲もマグナも目を丸くした。
突然の提案は意外なものであったが、悪いアイディアではない。次第に周囲が肯定的な表情に変わってゆく。
大型を狩るレイド前提のチーム編成では、対人戦のルールである六対六には適さない。モンスター相手に使えない対人戦法の訓練をしているメンバーが、いつもの選び方では選ばれないだろう。こちらで人選し、即席パーティを作った方が訓練になる。ガルドが口数少なく説明した内容に、マグナも理解を示した。
「選り抜きか。そうだな、初期位置のランダムを乗り越える方法として最低二パターン、ジャスもしくはガルドがメロに張り付く作戦だ。それぞれに斬りかかるプレイヤーが数人いればいい。生半可な腕じゃこちらの訓練にならないが、六対二というのはアンバランスすぎる。そうだな……」
「遠・魔法職が二、盾が二、近距離が二でどうだ」
「で、半分に分けて三対二ってとこか」
「メロは真ん中。自分側に三、ジャス側に三」
「時間の節約になる上、メロは両面に気を配るということか。訓練の目的にも合致する、いいかもしれん」
「で、俺たちは遊撃的にそこを崩しにかかるってわけだ」
「それをブロックする仮想敵を入れてもいいかもね~。ウチらを狙ってもらうと、背中ガラあきで選抜が可哀想だって」
「ウム、確かにな。榎本と夜叉彦とマグナをブロックする専門となると、こっちも近・盾・遠じゃあないか?」
「となると、十二名。よし、この中だと——」
そうしてマグナが回りを見渡し人選し、指を指しながら名前を呼んでいく。咄嗟に選抜の判断を迫られる形だが、マグナに掛かれば朝飯前なのだろう。ガルドも納得のいくプレイヤーばかりが拾われる。
「——あと吟醸。最後はそうだな、ボートウィグでいこう」
「ハイ!」
その名前にガルドは無意識にホッと息をつく。
「くくっ」
圧し殺した笑いが後ろから聞こえた。榎本だ。さらに後方でストレッチをしていた夜叉彦が、榎本を何事かと覗きこむ。
「なになに?」
「ん? ああ、もちろん俺もその人選いいと思うぞ。ただな、ガルドもなんだかんだ優しい兄貴してるのが面白くて」
「兄……あ、そういうこと?」
ガルドの最初の助言の意図と、明らかに装備の関係で弱く見える男がその結果選ばれたことに、榎本は笑みが隠せない。夜叉彦もにんまりとしてガルドをからかった。
「む」
ますますふてくされた顔をしたアバターガルドは、眼光をさらに鋭くさせる。口をへの字にし、近寄りがたい強面でレイド班たちをぞくぞくさせた。
しかし、話を遠くから聞いていたボートウィグが近づいてきて話しかける。
「ちょ、え、ボートウィグ? 近付かない方が……」
周囲はその様子に仰天した。
「まじっすか! 僕、かわいがられてます?」
無言のガルドが険しい目つきでギラリと下に視線を向け、見られたボートウィグが笑っているにも関わらず、周囲の鈴音やレイド班は震え上がった。
「ひっ」
「僕もアニキって感じで尊敬してますから!」
「……勝手にしろ」
「ハイ! どこまでも付いてきます!」
ふわふわした赤い毛並みから垂直に生える一対の耳がぴょこぴょこ動き、マズルの向こうで笑った牙から真っ赤な舌が見える。尻から足首辺りまで伸びる豊かな尾はばっさばっさと往復しており、喜びを表現していた。
「どうしちゃったの、ボートウィグ」
「まさに忠犬」
周囲の鈴音がそう冷やかす。
ボートウィグは二足歩行の犬を模した種族、コボルト種のプレイヤーであった。




