10 メンバー集合
テンションの高い、小柄なヒゲ親父が机に乗り上げながら吠えている。ジャスと呼ばれているが、正式にはジャスティンというネームの古参プレイヤーだ。身長と赤ら顔、ふっくらした耳の形からドワーフだと分かる。
もじゃもじゃのテラコッタ色をしたロングヘアを、女性ばりにアレンジしている。ツイストして飾りにしたものを耳のそばから三つ編みにし、今日はハーフアップにしていた。おろした部分がもっさりとボリュームを蓄えており、若干痛そうな固い髪質がなんともいえない親父臭さをかもしだしている。
ヒゲも細かくセットされており、床につくほど長いふさふさがカールでふわふわだ。太い眉、大きな黒い瞳、そして愛嬌のある全体のフォルムがマスコットキャラのようだ。
その小さな背中には、背丈をゆうに超える盾を背負っている。頑丈なフォルムの重鎧をメインとし、ところどころに革鎧を二重にして着込んでいた。重装備と盾のセットはタンクとも呼ばれる防御役の特徴だ。
「おおお! みなぎってきた! 早速動くぞ!」
ジャスティンは考えることが少々苦手だが、戦闘センスが高く勘がよかった。ズカズカ進み大暴れする、まさに猪のような男だ。人によってはうっとうしく思う暑苦しさを持っているが、ガルドはその熱さを気に入っていた。
リアルでもこちらでも、普段から喋っていると周囲に止められるか一歩引かれるらしい。無口なガルドにはこれ幸いと畳み掛けるように話しかけてくる。そこもまた、口下手なガルドにとって心地良い。今日も元気だ。
「ジャスは共同倉庫の整理でもしていてくれ」
「む、それは今度だ! 今は世界大会のことしか考えられん」
「無駄に賢いな」
「無駄とはなんだ! また俺をのけ者にするところだったのか、マグナ!」
「だがな、お前いつも作戦会議の邪魔するだろう。擬音語じゃ伝わらんからな。説明を省くなよ」
説明口調と嫌味ばかりな語り口が特徴的な男は、身長の高い弓使いのマグナだ。ギルド:ロンド・ベルベッドが誇る優秀な戦略家で、回復や支援を味方に打ち込む「回復弓」スタイルの支援ポジションだ。
アバターフェイスは、正直に言えば特徴が無い。ゲームキャラの中央値にありがちな平凡で整った目鼻立ちをしており、そこから四十代まで老けさせるためにシワを追加した後付け感が否めなかった。この世界で見ると個性がなく埋もれてしまっている。
しいて言えば、特徴はその種族だ。
ロングストレートのブロンドヘアが美しい。さらにそこからぴょこんと尖った耳が見える。典型的な金髪碧眼のエルフだ。
しかし服装は独特だった。一般的なエルフが絶対着ないような、世界観ぶち壊しの宇宙金属的なスーツを身にまとっている。今日の装備はタイトめだからいい。ガルドは「これが一番似合う」と褒めたことすらある。ばっくり開いた背中がセクシーで、エルフらしいすらっとした体躯が際立ち魅力的だった。
だが、マグナのメイン装備はアニメをモチーフにしたロボット風スーツだ。リアルが相当なオタクであることも周知の事実だった。背中の弓矢が木製のシックなデザインなのがアンバランスだが、彼の頑固さと周囲の目線を感じ取らない鈍さが成立させている奇跡のコーディネートだ。
「ねぇ夜叉彦、意見無いなら海外遠征決定だけど。夜叉彦?」
返事はない。
「夜叉彦? また寝落ち?」
「……あ、ごめんごめん。ちょっと仕事が残っててさ」
「フルダイブでマルチタスクとかやめなよ社畜」
「誰が社畜だ!」
先ほどからぼんやりしているのは、ガルドより後にロンド・ベルベットに加入した侍だ。
メロがからかって遊んでいる。夜叉彦というネームとその風貌はまさに侍そのものだ。直毛で固そうな黒髪を爆発マゲ型のポニーテールにし、前髪で右目を隠している。三十過ぎといった顔立ちのヒューマン種だ。顔を斜めに横断する大きな傷のディティールが施されており迫力が出てもおかしくないはずだが、大きなタレ目をしているので全く怖くない。
どことなく子犬を思わせる顔立ちで、指摘すると夜叉彦は「嫁にも犬扱いされるんだ」と落ち込んでいた。リアルに似たアバターを設定するプレイヤーも多いが、夜叉彦の場合は無意識だったらしい。
その正体は妻と二人暮しの普通のサラリーマンである。コツコツと貯金し購入したフルダイブ機で始めた最初のゲームがフロキリで、たった半年で「見切り」の達成率を九割まで持ってきたスーパールーキーだ。
「大変だな」
「いやぁ、俺なんてまだまだだよ。後輩まだ残ってたし、やってた仕事も資料まとめてるだけだし」
メンバーでもっとも仕事が忙しく、プレイ中盤に眠気に耐えられずに意識喪失で寝落ちすることが多い夜叉彦だが、ロンド・ベルベットに無くてはならないミドルレンジアタッカーだ。最前線の三人と後方の二人の間を行き来しながら、時に前線を押し上げ、時に防衛に専念する。侍特有の遠距離斬撃を使って後方からの支援など、器用なプレイスタイルでサポートに徹している。
「後輩、可哀想だな」
「頼むから言わないで。気になってくる」
ゲームでもリアルでも板挟みの中間管理職だ。
「お前たち、相変わらず自由過ぎるぞ。ほら、話を戻すからな」
マグナが文章を空中のポップアップに打ち込みながら、メロに変わって場を仕切り出す。反対意見が無いことを確かめ、必要な事務連絡に移った。
ロンド・ベルベットは正式に海外遠征に出ることになった。打ち合わせすることは山積みで、しかし話し合いの中心は海外渡航に関してではなかった。
「俺たちは何度か会ってるけど、夜叉彦とガルドはまだだろう?」
「リアルで会ったことないのに、いきなり海外で初対面ってのもな」
ガルドは冷や汗をかき始めた。