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1 女子高生の楽しいおじさんライフ

 リアルではとんと見なくなった粉雪も、この幻想的な仮想世界では気軽に見に行ける。音が全て吸収されているような静けさと、優しい綿毛のような雪がここを雪原の広がる南東の雪湖エリアだと教えていた。現実には無い。その証に、雪も風も刺さるような冷たさがない。

 ここはゲームだ。

 一人称目線でオンライン多人数プレイを楽しめるジャンル「ハンティングアクション」の中で人気の落ちぶれた「frozen-killing-online」という名の、日本ではフロキリと呼ばれるヴァーチャルファンタジー。広がる風景はフィールドの八割で雪が降るミドガルドの美しい銀世界だ。

 そんな新雪を躊躇なく踏む軽やかな音が、ひっきりなしに響いている。美しい景色の中で、音を立ててひたすら一直線に歩く二人の男がいた。歩きづらいであろうにほぼ駆け足で、二人だけの足音なはずだが、まるで軍隊の行進のような喧しさだ。

 雪を踏む靴は、頑固な岩のように強固さを主張していた。爪先は特に分厚く、また金属の艶が全体を重く感じさせる。実際重いのだろう。新雪の柔らかそうな雪原を、膝のあたりまで踏み貫いていた。

 その足から上を、重厚な西洋鎧が覆っている。二人の鎧は形がバラバラで、片方の男はスッキリとした肩周りに真紅のマントを棚引かせ、胸当てに金の華美な装飾が飾られた、まるで貴族のような白鎧をまとっていた。

 もう一方の男は、肩や腕周りに防御を集めたような形をした、いかにも実用的な傭兵の黒い金属鎧を着込んでいた。だが細部に目を凝らすと、無駄の無い工夫が凝らされている。それは排気口であったり、隠しナイフであったりした。

 共通しているのは、そのどちらも一級品だと分かる上質さだ。無骨ながらも洗練されている、艶やかでいて下品さの無い、そして装着者の動きを邪魔しないフォルム。それも全てデジタルデータだ。

 後ろを歩く傭兵風の男は、背中に身の丈ほど大きな剣を背負っている。その大剣もまた黒く、白銀の雪の世界でよく目立った。中央に輝く碧海色の宝石が目を引く。ときおり陽炎の向こうのように揺らめき光るが、派手さは無い。

「さあて、と」

 最前方を進む男が立ち止まり、ふと一息ついた。先を行く男は背に巨大なハンマーを背負っている。上品な金色のグラフィックに飾られており、その刺さると痛そうなトゲの装飾は、釘を打つ用途には使えなさそうな程ゴテゴテしている。

「今日こそ、あのニワトリトカゲを倒してやろうぜ!」

 ハンマーの男が振り返りながら声をかけた。笑い方や下がった目尻から年齢の割には軽そうな印象を与える男だ。だが、強い意識、気概のある目のようにも思える。もちろんデジタルのポリゴンで出来たアバターだ。だが大剣を担ぐ男は、彼が見た目と違いしっかりものであることを知っている。

「あぁ」

 長年の相棒に、黒い大剣の男は短く返事をした。

 ハンマーの男も、彼をよく知っている。無口で表情が変わらない、物静かな大男だ。だが彼が思いやり溢れるいい男だと知っている。棒立ちする初心者プレイヤーの手を引いて、無言のままチュートリアルに同行するような、不器用だが優しい男だ。そのアバターのなりで損をしていることも、腕の立つアタッカーであることも知っている。

 だがこれだけは知らなかった。

「頼むぜ相棒!」

 大剣を持つアバターの主が、自分より二回りも年下の少女であることを。

 仕事終わりに合流していると思っていた相棒が、学校と部活動を済ませて合流している女子高生であることを。

「おまえもな、相棒」

 彼女は言うつもりもなかった。


 エインシエント=コカトリスというボスモンスターを狩るために、二人は一週間前から準備をしていた。その名の通り、鶏と蛇が合わさったような姿をしたモンスターだ。見た目はこのタイトルに出るモンスターの中で「比較的愛嬌ある方」だと言われているが、大剣使いは蛇の部分が嫌いだった。

 もともとこのニワトリ型モンスターは、大人数討伐用に設置されたものだ。プレイヤー二人で倒せるように作られていない。回復役と遠距離である弓や銃使い、壁役、そして近接攻撃役が何枚か必要になるのが大人数討伐クエストだ。

 しかしゲーマーというのは、無限の新境地を開拓したい生き物である。

 そのセオリーとやらを無視し、無謀なプレイを楽しむ。特に二人は、率先して無謀に挑む酔狂なバディ(二人組)として有名だった。

「エンゲージっ!」

 まず打撃攻撃職のハンマーが接敵する。大剣は視界に入らないよう位置取りしつつ、敵後方に回り込んだ。気付かれ(タゲられ)ないよう、ハンマーは派手に立ち回り属性攻撃を蓄積させてゆく。浅いヒットでも構わない。ダメージをくらわないよう、安全第一な立ち回りが求められる。

 ハンマーの特徴は、属性を敵に蓄積させてゆくことだ。この男のハンマーはランク・ダブルエスの毒沼蛙王フログロ=グスを素材にしたもので、その名の通り毒を付与できる。男の愛用武器だ。

「毒ったぞー」

 浅いヒットでもクリティカルでも、属性ダメージは変動がない。回避優先で浅い攻撃を繰り返し、数分もたたずに毒状態に追い込んだ。何度も挑んだ敵である。序盤の攻撃パターンは把握しており、ここまでは二人とも無傷だ。

 鳴き声と共に、敵が溜め攻撃モーションに移る。ハンマー男は動きの変化へスムーズに対応した。脳天への一定ダメージでキャンセル出来る。ハンマーを一秒未満ほどチャージしての攻撃。心地の良いヒット音ののちに、敵の攻撃が止まり「怯み」状態になる。

「設置完了、エンゲージ」

 気付かれないよう動いていた大剣の男が、敵後方に設置罠を三つ配備し終え、敵に短いチャージを加えた攻撃を深めに与えた。効果音はクリティカルだ。

 ニワトリの声を機械で捻じ曲げたような、耳障りな敵ボイスが響く。強力な範囲攻撃の前兆だ。通常の大人数討伐では支援職の防御スキルなどで凌ぐ。だが、どちらも近衛で防御スキルなど持っていない。そうなると方法はただ一つだ。

 タイミングを見計らい、モーションをスキルツリーから動作トリガーで発動する。

 爽快感のあるサウンドエフェクトが鳴り、アバター全体が青白く発光する。光の尾を引きながら、ボディが高速で任意の方向へ滑り込んだ。二人は別の方角に着地し、すぐ武器を構え直す。

 敵の攻撃がぶつかるジャストタイムでの回避行動、「見切り」スキルだ。

 支援が見込めない少人数プレイでの必須スキルであり、成功判定はシビアだ。このゲーム、フロキリの見切り判定の厳しさは有名だった。古参でも成功率は六割を切る。しかし二人はそうそう失敗しない程に見切りの成功率が高い上位プレイヤーだ。喜ぶでもなく、いつもの通りそのままプレイを続けた。

 一定ダメージを与えるとモンスターは個体差でそれ特有の怯み表現を見せる。このエインシエント=コカトリスの特徴は、雄叫び後の後ずさりであった。

 圧倒的なハンマーの連続猛攻が続く。大剣の肉を断つ鋭い攻撃が続いた。ニワトリ型モンスターが悲鳴を一つ叫ぶ。ハンマーの攻撃を喰らい一歩二歩と下がり、そのまま大剣男が設置した罠を踏み、飛び出たトゲに勢いよく貫かれた。

 罠は全部で三つセットされたが、そのうちの二つが起動する。

「ラッシュ!」

「よし!」

 すかさず二人が一斉に連続攻撃に移った。罠はダメージを与えるとともに、数秒動きを拘束するアイテムだ。この数秒は大きい。反撃されることなく、気持ちの良いクリーンヒットを飛ばしていく。

 これはいけそうだ。二人に確信が芽生える。それは勘が大部分を占める経験則だった。

お初にお目にかかります。かのよ、と申します。

今年の五月に開催される文芸フリマ(東京)にて頒布予定の作品を、大幅に改訂してなろうにて公開することにしました。

毎日少しずつ手直ししているので、一日一話ごとの投稿になります。

初日のみ三話更新とさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。

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