風が吹く
拙い文章ですが、読んでくださったら幸いです。
「こっから飛んだら、何くれる?」
そう言いながら、アイツは屋上の柵に手を掛けた。
やけに水分を含んだ風が、僕の伸ばしっぱなしの髪の毛をさらって行く。
アイツは無表情に近い顔をして、僕に返事を促した。
「おい、聞いてるか?」
「うん。聞いてるけど。」
「じゃ、どうする?」
「どうするって……。あ、100円あげるよ。」
僕の言葉にアイツは少しだけ表情を緩めた。
何故だか分からないけれど、胸騒ぎがする。
静かなのだけれど、どこかで何かが騒ついて耳元が煩い。
なんだ?この嫌な予感は。
「100円って、お前、小学生でも今じゃ言わねぇーぞ。」
「……100円以上は出せないよ。僕、今金欠なんだから。」
「嘘だ。この前バイト代入ったばっかだって言ってたじゃん」
「そうだよ。嘘だ。」
僕はアイツを見た。
今、僕は焦っているのだろう。
手から汗が滲み出て、さっきから心臓の音が煩い。
そんな、飛び降りる訳無いって。なんて笑っていても、僕はアイツから目を離すことは出来ない。
「なんだよ。んじゃ、何してくれる?100円以外。」
「リンゴでもやるよ。じゃなきゃ、学食のオムライス。」
「リンゴ?オムライス?……そんだけ?」
「そう、それだけ。だから飛んだって何も面白くない。」
そうさ、面白くない。
何も面白い事なんてない。
僕は拳を握り締める。
長く伸びた爪が手の平に食い込んで痛かった。
アイツは、ふぅ、と息を吐いて柵から手を離した。
「そっか。面白くないか。」
「うん。」
安心、という言葉が浮かび上がり、ホッと胸を撫で下ろした瞬間、僕は息を呑んだ。
アイツが、ひょいと軽々しく柵を飛び越え、向こう側へ着地したのだ。
「お、おい!!」
僕は全身で大声を上げた。
まさか、そんなはずない。
こんなの、全然、面白くない。
「何やってんだよ。冗談は口だけにしとけって。痛い目遭うぞ。」
僕は柵に駆け寄って、アイツを睨み付けた。
本当に。
つまらない冗談は止めてほしい。
背中からブワッと変な汗が出た。
熱が出る前の寒気に似た悪寒が走る。
アイツは平然としていた。
そんなアイツを見ていると、僕だけが焦って、からかわれているだけかもしれない、という気もしてくる。
が、しかし。
きっと、アイツはからかってなんかいないんだ。
「やっぱり、飛んだら、100円でいいや。どうせ………」
僕を見て、アイツは笑う。
「どうせ、飛んだら貰えないしな。」
「何言ってんだよ。馬鹿だろ。100円なんてあげないよ。僕、今お金持ってないし。」
「あはははは。嘘だぁ。」
「そうだよ、嘘さ。」
アイツが前へ踏み出した。
あと一歩でアイツは地上へ落ちる。
あと一歩で…………。
「意味分からない。なんのために……100円やるからさ、こっち戻って来いって。」
アイツが空に向かって手を伸ばした。
僕の言葉は、まるで耳に入っていない。
恐ろしいスピードで動く心臓を、抑えるように息を吐く。
伸ばされた手を眺める。
頭上でそれは、ギュッと結ばれて、次にVサインに変わった。
「イエーイ。俺な、見ててほしいんだ。」
そのVサインから目を離せない。
アイツの声が僕の耳に小霊する。
エコーがかかっているように、ウワンウワンと余韻を残しながら。
「……な、なにを?」
気が付かなかった。
僕の声は震えている。
僕はアイツから目を離さない。
いや、離せない。
「飛ぶ所をさ。」
ニッと、アイツは白い歯を見せて笑った。
「ジャーンプ……」
アイツが僕に手を振る。
心臓が止まると思った。
「待てよ、待てって。待てったら!待ってくれよっ!っやめろ!!!」
ガシャン、柵に掴み掛かる。
僕は必死に柵をよじ登り、柵の向こう側へ飛び降りた。
ダンッと音をたてながら着地する。
足の裏が痺れていた。
一瞬、世界は時間を無くしたのだと思った。
このまま時が永遠に止まって、僕らの存在事態、いつかは無くなってしまうのではないか、と。
馬鹿だ。
馬鹿すぎる。
そんなはずはないのだ。
現に水分の多い、欝陶しいくらいのこの風は吹き続けている。
時間は確実に過ぎていた。
「……なにしてんだ……なんだ。なんなんだよ!」
僕は、泣いていた。
叫びたくて、大声で喚いて、誰かを罵りたくて。
誰が悪くて、何が悪くて。
でもアイツは、僕の友達で。
もう、何が何だか分からない。
ただ、僕の見下ろす先には、静かな闇が存在して、それは僕に僅かな圧迫を与えるだけだった。
アイツの母親は、言っていた。
黒い喪服を纏って涙ながらに、『アイツを殺したのは自分だ』って。
でも、そんな言葉でさえ僕には、薄っぺらく感じられた。
僕にアイツは飛ぶ所を見てほしかったと言った。
それ以外は何も言わずに。
アイツは確かに僕の友達だ。
それだけは変わらずに、時間はこれからも時を刻み続ける。
僕は、あのVサインを思い出して、目を強く瞑った。
だけど、風は吹いていて、あの時と変わらず、僕の髪の毛をさらって行くのだった。
なんか無性に書きたくなって書きました。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。