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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章46 ROUTE B②


 四人のうち二人がやられた黒服が、この場から綺麗に遁走するには、倒れた二人を、残る二人でそれぞれ回収しなくてはいけない。

 だが、それは土台無理な話だった。

 なにせ相対している少年は、一瞬で三方向からの攻撃を捌き、あまつさえ一人に攻撃を加え昏倒させるような手練れだ。時間を稼ごうにも、囮役が機能するとは到底思えない。

 仮にそれを成功させたとしても、意識のない人間を回収し、離脱する暇があろうはずもない。出来るというなら空想も甚だしい。

 しかし、その絵空事の味しかしない無理を、なんとしても為さねばならないのが黒服たちの直面している現実だった。


『……どうする』


『どうって、やるしかないだろ! ふたりを回収して離脱すんだよ!』


『無理だ、できるわけがない……全滅がオチだぞ。ここは撤退しよう。あの二人なら、魔法さえ使えれば帰還はできる』


『けど、撤退するったって、あんなの相手に二人ともってわけにはいかないぞ!?』


『大丈夫だ、同時に別々の方向へ走り出せばあの少年とて、二兎は追えまい』


『そりゃ一兎は追えるってことじゃないのか!? おい!?』


 互いに最善を模索するはずが、迷い道に入り込んでしまっていた。

 燎祐が、念を押すように「あと二人」ともう一度口にした。

 マスクの下で、黒服ふたりの顔が青くなった。


 と、その時、黒服たちの背後の闇から、くすくすと薄笑いが聞こえてきた。

 その喜色を忍ばせた笑い声は、コツコツとしたヒールの音がするたびに、輪郭をはっきりとさせていき、最後にコツーンと甲高い音を鳴らして止まった。

 黒服たちの真後ろに気配がある。蛇のように鋭い、捕食者の気配が。

 言い知れぬ恐れに精神を支配された黒服は、燎祐の存在を忘れ、ゴーグルの下で眼をかっぴらいたまま、恐怖に錆び付いてしまった首をギギギと懸命に動かし、己の背後を見やった。


「はぁ……はぁ……はぁ、はぁ――――!」


 途端、ふたりの黒服は、脚をガクガクと震わせた。

 脚の震えは瞬く間に全身に伝播し、黒服は悲鳴一つあげることなく、天空を仰ぎ見るように、ふらっと倒れた。

 その様を、やや離れた場所から見ていた燎祐は、依然として目の力を抜けないでいた。

 していると、黒服の背後の闇から出現した何者かが、燎祐の鋭い視線に笑みを返した。


「あはーっ、これでゼロ人だねー」


「メイさん、どうしてここに」


「燎祐くんったら、怖い顔しちゃってどうしたのー? なにか変なものでも見ちゃったー? それともお、お姉さんが急にお邪魔したから警戒してるのかなあ?」


 コツンとヒールの鳴る音がする。

 燎祐の右手がジクっと痛んだ。チラッと視線を送ってみると、指輪が微かに光っていた。どうやら守護の力が働いているらしい。

 つまり、持ち主である燎祐に害意、或いは有害な魔法の発動を検知し、防御したということになる。


(……この刺痛、花のブレスレットと同じ反応じゃないのか!? じゃあ、これって、この人、早速仕掛けてきたってことかよ!)


 燎祐は一層目を凝らし、警戒の色を強める。

 メイはその一挙で色々と気づいた様子で、ふーん、と退屈そうに鼻を鳴らした。


「守ってるのはその指輪かあ。それの加護で術に引き込めないねえ、ざ~んねん。あーあー、せっかく驚かそうと思ってたのに、タイミング間違えちゃったなあー。今からでも催眠状態に引き込めたらいいんだけどおー、これからどうしよっかなー、考えなきゃ考えなきゃー」


 勝手に一人で話を始めたメイの言葉に誘われ、ついつい思考を巡らせはじめる燎祐。その時、また指輪が反応し、その痛みで思考が強制的に中断させられた。燎祐は、二~三秒ほど目をしばたかせ、なにが起こったのがと考えた。

 答えは、思考の誘導だ。燎祐は、メイに、術にはめやすい心理状態に持って行かれるところだったのである。


「あららぁ、これも効果なしなんだぁ、いよいよお姉さん困っちゃったなあ。ちょっとその指輪、すこし反応しすぎじゃなあい? 反則じゃない?」


「……反則なのは、お互い様ですよね」


 山刀の握りを確かめながら、メイを睨め付ける。

 メイは脚を揃えて立ち、左手の甲に右の肘を縦に乗せて、優雅に燎祐を見下ろすように軽く顎をしゃくった。 


「あはっ、燎祐くんったら手厳しい! てっきり再会を喜んでくれると思ってたんだけどお、君って、そんな顔もするんだねえ。ふふふ、でも大丈夫、安心して? お姉さんは敵じゃないからねえ――――まあ、味方でもないけど」


 弾むようなメイのトーンが、急激に下がった。

 表情は依然として普段通りの笑顔のままだが、よく見ると、目が笑っていない。


「人が来る前に場所を変えましょう?」


 感情が死んでしまったような、事務的で平坦な口調だった。

 言い終えると、メイはくるりと踵を返し、ついてきてとでも言いたげに目端で後方の燎祐を見やった。

 そして燎祐が、山刀を腰に差したのを見て、メイは先を歩き始めた。


「行くしかないか……」


 燎祐は安全距離を保ちながらメイの後に続いた。

 ひゅうと風吹き、メイの漆黒の黒髪が夜の大気にそよそよとなびく。

 ぼおっとしていると見とれてしまいそうな絵だった。

 しかし、メイの人間性をひとたび疑ってしまうと、これも催眠術なのではないかと警戒せずには置けなかった。もはや燎祐のメイに対する信用はどん底だ。


「どこに行くつもりですか」


「私の自宅、近くていいでしょ」


 メイは振り返らずに、後方の燎祐に告げる。

 まるで空に吐き捨てた独り言のように冷たい声だったが、メイのその言葉に偽りはなかった。

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