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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章45 ROUTE B①


 封鎖区画の入り口を塞いでいた透明な壁が消えたころ、燎祐は女の子にレナンを任せ、ひとり、その場を去って行った。

 女の子が教えてくれた秘密の場所への出入りの仕方と、その周辺地理はすっかり心得ていたので、見送りはいらないと断った。


 「まさか封鎖区画に慣れる日が来るなんてなあ」


 歩きながら、燎祐はポケットの中をまさぐって、家の鍵とありかを確認した。

 その足で、外界と封鎖区画を繋ぐ伸張された暗黒の空間をゆく。

 途中、燎祐は、これが無用な隔離空間などではなく、外界に瘴気(ミアズマ)を持ち出させないための除染室に思えた。

 暗闇の道を抜けると、空はすっかりまっ暗で、封鎖区画に入り込んだ夜のようだった。

 燎祐はズボンの尻側のポケットから携帯を取り出した。


「よし、電波拾ってる。じゃあ、時間を同期させてっと」


 ディスプレイ上の時計アイコンをタップして、日本のタイムゾーンと同期を開始する。

 実はこの携帯、相羽の起こした爆発で壊れ、その後、女の子が魔法で直してくれたのだが、どういうわけか日付が十二年前になっており、さらには手動で変更することができなくなっていたのである。日付や時間の表示もなかなか疑わしかった。そのため、電波感度のある場所で時間を同期させているのである。

 その必要に迫られたのも、封鎖区画内が隔離結界と瘴気(ミアズマ)の影響で、ほぼ圏外だからだ。尚、ある程度魔法に習熟しているものなら、魔法で回線を繋いだりできるのだが、魔力のない燎祐にはまったく無縁の話である。 


 携帯のディスプレイ上に、同期終了の通知がポップされ、表示時刻が更新された。

 時刻は二十二時、日付は木曜日を示している。燎祐とレナンが常陸家を出たのは月曜日の十七時頃、買い物途中の捜索から、丸四日が過ぎていた。


「そんなに経ってたのか」


 時の流れが判然としない空間で過ごしていた燎祐は、実際の経過時間を知って、盛大に寝過ごした朝のような焦燥感を味わっていた。

 顔を持ち上げ、辺りを見回すと、すでに息をしていない工場街の黒いシルエットの向こうに、夜空に向かって煌々と光る街並みが見えた。


「行こう」


 燎祐は、その光を捉えながら暗闇の道を疾走した。

 真なる出口を求め、這い上がらんとする冒険者のように。

 或いは、光に向かって走る一匹の虫のように。



***



 燎祐は二本の脚を休まずブン回して、三〇分足らずで家の近くまで戻ってきた。

 窓辺に明かりが灯る住宅街で、久瀬と常陸の家だけが、どこかへ旅行にでも出かけてしまったかのようにまっ暗だった。

 この数日、外に顔を見せなかっただけに、ご近所さんからそう思われていても不思議ではない。

 と、そんなことを思いながら燎祐が夜道を歩いていると、ふいに背中に何かが止まったような感覚があった。

 視線だ。それも敵意を持った狩人の視線だ。

 夜闇に紛れ、複数の視線が自分の身体に縫い止められていると気づいた。


(三人、いや四人いる。……早速カリスの刺客か?)


 敵の姿は闇と同化して見えないが、その空間から漏れ出ている気配が、姿形をくっきりと浮かび立たせているかのように、燎祐にその存在たちを知覚させた。

 それを可能にしているのは、(みなと)や舟山との人智を超えた修行の成果、そして右手の薬指で翡緑とすみれ色の光彩を放つ指輪の力。研ぎ澄まされた鋭敏な感覚に、指輪のサポートが加わっているいま、燎祐の五感は人間のレベルを軽く越えていた。


(闇ん中に隠れてる連中の位置が丸裸だ。凄いな、この指輪。さすが、まゆりの隠し種だ)


 いつになく感度良好な感覚の具合に軽い武者震いがしていた。

 燎祐は、すんすんと鼻を利かせ、闇夜に混じった攻撃の臭いを嗅ぎ取るや、気配を発する暗闇を迎え撃つべく、身体の隅々に力を行き渡らせる。ほどなく暗闇に潜む連中も、燎祐がこちらに気づいたと察知して、息を殺すのをやめた。

 ガサっと、近くの庭木や生垣で音がした。

 と、その時、燎祐の背後で、空間をかたどったような人型の闇が、ぬらりと動き、真っ黒の刀が燎祐の首元をめがけ袈裟懸けに疾った。

 燎祐はその一撃を、山刀(マチェット)を背に差し込むようにして防ぎ、振り向きざまに上から叩き落とした。

 宙を流れ落ち、アスファルトの上でカァンと跳ね上がったそれは、柄も刀身も黒塗りの伸縮式警棒だった。

 方や、とんでもない膂力(りょりょく)の一振りで、手の中の獲物を強引に打ち落とされた何者かは、痛めた利き手を抑え膝を折った。

 その隙を見逃さず、燎祐は、抉るようなローキックを放ち、敵の膝を内側から刈る。

 人型の闇が、ぐらっと体を崩し、アスファルトの上に横倒しになった。

 燎祐は、足下に転がる人物の顔に山刀の切っ先を突きつけ、目を細める。


「カリス……じゃあないな」


 燎祐は足下の(なにがし)を見やる。

 見てくれからして、格闘技経験が豊富そうなゴツゴツした体躯の男であった。

 アーマーを含め装備は全身黒一色。顔は目出し帽かタイツのようなもので隠されており、目には黒板消しのように大きく出っ張った暗視ゴーグルがかかっている。目立った武装は、警棒の他に見当たらない。また、手首に腕時計型のウェアラブル補助魔導機(デバイス)らしきものを確認したが、どういうわけか魔法戦に打って出る気配がなかった。


 以前、レナンが相手をした北領の戦闘員とは類似する点がない。

 ましてや国魔連の人間でもない。

 燎祐は目を眇めながら問う。


「あんたら何者だ」


「…………」


 案の定、返事はない。

 燎祐は、この奇襲者にまったく心当たりがなければ、自分が狙われている理由も分からなかった。

 だが、相手の目的だけは看破していた。


「警棒で後ろから狙ったってことは、昏倒させるつもりだったんだろ。目的は拉致監禁ってとこか」


「…………っ」


「どうやら、その反応はアタリだったな」


「……」


 男は確かに無言だったが、五感がブーストされた燎祐にとっては、もはや答えているようなものだった。

 燎祐は男から目を離さないように、そして残る三人を警戒しつつ、逡巡する。


(個人プレーに走らないってことは、こいつらはチームだ。予め動きを仕込んできてるな)


 だが、これは妙なことだと燎祐は思った。

 この場に張っていたということは、少なくとも自分のことは調べがついているはずで、その目的が拉致であるなら、幻術系魔法を使うのが最適解と判っているはずだ。

 なのに物理的な昏倒を狙った。隠密にすら魔法を使った感じがない。動きも補助魔法(エンハンス)でブーストされていなかった。魔法の行使を是とする組織が、魔法の使用を認めないわけがない。よってカリスや北領、国魔連とは完全に無関係だということは分かる。


 となると、考えられるのは、魔法の使用が原則認められていない、国内の組織だ。

 これを国内の組織と断じたのは、魔法があるこのご時世に、外国からわざわざ物理で殴りにやって来やしまい、というわけからだ。

 尤も、国外を含めて考えたところで、海外の組織の事情など燎祐が知っている由もないが。


(原則魔法禁止の組織っていえば、代表格は警察と自衛隊だけど、たぶんどっちも違うな。……ん、あれか、むかし師匠が気をつけろって言ってた『防衛省の黒服』とかいうやつか?)


 指輪のサポートは、燎祐の記憶の処理にも及び、可能性の高いものを選び抜く手助けになっていた。

 それにしても、相手の戦闘服が『黒い服』に該当するかは甚だ疑問だったが、該当しそうなものはそれしか思いつかなかったので、燎祐はひとつ思いついたことがあった。


(うちの人間で防衛省と接点があるのは、まゆりだけだ。いま防衛省と関係することって言ったら……、あれしかないな!)


 月影の下、燎祐は、山刀の切っ先を突き立てるように、男の頭上に垂らす。

 夜風が吹き、低い梢の葉がカサカサと鳴る。


「俺をさらいに来たってことは、どっかで進行中の作戦は、だいぶ順調に推移してるらしい。頼もしいな日本の防衛省は」


「…………っ!」


 皮肉たっぷりの言い回しに、声を殺し、暗視ゴーグルの向こうから燎祐を睨む闇のように黒い男。

 割と思いつきで言ったつもりだったが、燎祐のその読みは正しかった。

 そして、この黒服たちは、燎祐が秘密作戦のことを知って行方をくらましたものと断定し、機密の漏洩を防ぐ意味と、久瀬まゆりを従わせる切り札(カード)として、確保するつもりだった。

 もちろん、黒服のこの奇襲作戦は、八和六合(シオノクニ)の番犬イルルミ・レナンの不在を確認し、決行されたものだった。仮にレナンがいれば、一定距離まで下がり、燎祐が一人で出歩く好機を窺う手筈になっていた。

 その千載一遇のチャンスこそ、いまこの時であるはずだったのだが、しかし見事に逆手に取られ失敗した。

 燎祐の足下に転がる黒服の男は、どこか毅然とした振る舞いをし見えるも、内心はとてつもなく動揺していた。


(くそっ、こいつ、魔法が使えないただのガキじゃなかったのか!?)


 黒服たちは、燎祐の個人情報は知っていた。その上で黒服たちは、常陸燎祐の評価を、戦闘力ゼロの無能と見做した。

 本作戦は、それを元に立案されている。よって、燎祐の戦闘力は完全に除算扱い、即ち想定外だったのだ。

 そして、黒服たちの想定外はもうひとつあった。

 それは――――


『あの子供、多少は腕に覚えがある用だが、能なしに変わりはない。作戦はこのまま継続する。魔法の使用許可は取らん。十秒後に合図出す、お前たちは指示通りに動け』


『『了解』』


 黒服のリーダーが、小型通信機で指令を飛ばす。

 指輪の補助を受けている燎祐は、その微かな音をしっかりと拾っていた。

 その場にいる全員が、ポーカーフェイスのまま、頭の中で静かに数をかぞえる。

 雲の間に月光が隠れ、ぼんやりとしか光が空に浮かぶ。

 刹那、黒服のリーダーが燎祐に向かって警棒を投擲。それと同時、二つの闇が燎祐に向かって走った。

 飛んできた警棒に対し、燎祐が身を躱した瞬間、足下で寝転んでいた男が警棒をキャッチしながら立ち上がった。

 そして後ろから追いついてきた二人の黒服と一緒に包囲し、三方からの攻撃を仕掛けた。

 回避の機動を著しく制限するべく、わずかに時間差をつけた攻撃だ。一つは横薙ぎに、一つは袈裟懸けに、一つは真っ直ぐに。

 三方向から伸びる警棒が夜風を断つ。

 だが燎祐は、手にした山刀一本で、それらを難なく切り払った。黒服たちには、その動きが一挙動にしか見えなかった。


「「「!?」」」


 恐れおののいた黒服たちは、燎祐からサッと距離を取る。

 一方、闇に潜伏し、ひとり背後から攻撃の機会を伺っていたリーダーは、一瞬の攻防の最中、燎祐が振り回した山刀の柄がこめかみに直撃し、何をすることもなく前のめりに宙を滑った。

 一拍後、アスファルトの上に大の字に落ちた。


「…………」


 一撃で意識を飛ばされた黒服のリーダーは、はたき落とされた昆虫のように、だらしなく手足を投げ出している。

 黒服全員にとって、想像だにしなかった結末だった。


「あと三人か」


 燎祐がジリっと一歩にじり寄る。黒服たちの間に、抑えがたい戦慄が走った。

 なにもかもが想定外だった。

 しかし、彼らにとってのそもそもの想定外は、無能と侮った常陸燎祐が、纏火(てんか)したイルルミ・レナンの高速戦闘に生身で追随するという事実を知らなかったことだ。

 国魔連の切り札『湊暁丞(みなとあきつぐ)』に拝師し十余年、八和六合(シオノクニ)の鬼『舟山昇』にしごかれること約八年、更には人外化し最適化された燎祐の身体能力は、既に常人の域にない。

 加えて指輪のサポートである。もはや鬼に金棒だった。

 燎祐は視線を切らすことなく、黒服たちに近づく。


「話し合いで解決できるなら応じるが、そうでないなら、ふん縛って警察か国魔連にでも引き渡すぞ。聞きたいことを聞いたあとに、だけどな」


「…………っ!!」


 一瞬にして形勢不利になった黒服たちは、カラカラに乾いた喉でゴクリと空気を呑み込んだ。

 そして三人ともが理解していた。どう立ち回っても、この少年を確保することは出来ないと。


『作戦中止だ! リーダーを回収し、撤収する!』


 黒服のひとりが無線を飛ばす。

 他の二人が頷き、迫る燎祐に対し扇状に広がりながら後退する。

 燎祐が、ダンッ、と足を強く踏みならすと、左翼の黒服がリーダーに向かって駆けた。その襟首を、後ろ手であっさりと掴み、思い切り引き倒した。


「へっ――――あがぁッ!」


 勢いよくアスファルトに打ち付けた背中と後頭部が、トランポリンでバウンドしたみたいに綺麗に跳ね上がった。そして勢いにのったまま仰向けに落ち、地面に激しいキスをした。

 倒れた黒服は、暗視ゴーグルの向こうで白目をむいたまま、意識を手放した。


「あと二人」


 どこか無機質にも聞こえる少年の声が、夜の虚空に響いた。 

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