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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章41 隠世の少女③

 すみれ色の明かりがひとつ、わずかにだけ灯る暗闇の中、女の子がふわりとした声を聞かせた。


「ん……。だめだ。ここ、わるい空気すぐにはいってくる。こいつのなか、きれいにできない」


 女の子は、ふわっとした溜め息交じりにレナンの処置を中断して、特に何の前置きもなしに、燎祐に「ついてこい」とだけ言って、てくてくと歩き始めた。

 燎祐は、腕の中のレナンに目を落とした。


「絶対助けてやるからな」


 燎祐は、レナンを背に担ぎ直し、女の子の後に続いた。

 歩いている間、二人は終始無言だった。

 女の子は、単純に話すことが無かったのかもしれないが、燎祐の方はそれと違って、聞きたいこと、知りたいことは山ほどあったが、この子を怒らせることが、レナンの生死に関わりかねない以上、無計画に口を開くべきではない、という方針をとった結果だった。



 途中、女の子は、同じところを何往復もしたりして、同じ道をぐるぐるとまわったかと思えば、今度は反対回りに何周かしたりした。

 それが、ふんわりした子とどうしても重なって、迷子になったんじゃないのかと、一瞬、燎祐を不安にさせたが、どうやらそうでなかったことが、後になってわかった。


 規則的な迷子とさえ思えわれた女の子の不審な足取りは、ある場所へ行くための順路だった。

 その順路を正しくなぞり終えたとき、燎祐たちの姿は、瘴気(ミアズマ)に光る夜空の下から、薄暗い地下道のような場所に移動していた。

 舟山の転移魔法を彷彿とさせるような空間移動だった。


(いつの間に……)


 燎祐が足を緩めたと見えて、女の子も一旦立ち止まった。


「ここは空気がきれいだ。よわいやつも、あんしんだな」


 その言葉に嘘はなく、燎祐たちが転移した地下道らしき空間には、フィルターを何層も通して清浄されているかのように、瘴気(ミアズマ)の気配がなかった。ともすれば、外の空気よりも新鮮かもしれなかった。

 そのお陰か、苦しさしか浮いていなかったレナンの寝顔が、少しだけ安らいだように見えた。

 女の子は、すみれ色の光を、ランタンのように頭上に点した。

 

「こっちだ」


 燎祐に一瞥した女の子は、すみれ色の光を伴って、再び先を歩き始めた。

 女の子が作った光は、決して明るいとはいえなかったが、それでも辺りを見渡すのには十分だった。

 その光に照らし出され、薄闇の中から輪郭を表したのは、塗装が剥がれた剥き出しの配管、時代を感じさせる色濃い赤レンガの壁面、天井を走るたわんだ配線上に点々とぶら下がっているだけの照明装置。どれをとっても、百年は時代を遡りそうな代物ばかりだった。


(壁全体から冷気を感じる。ここは地下ってことか? けど封鎖区画って埋め立て地の筈だろ。一体どこにそんな場所が……)


 燎祐は、湧き上がる疑問を口にしないよう留意しながら、女の子の背中についていく。



 カツン……コツン……カツン……コツン……


 静寂の中に二人の靴音が反響する。

 ほどなく、二人の前に、近代的な鋼鉄製の二枚扉が現れた。

 女の子は、燎祐の方に振り返って、ビッと指さした。


「ここにいれてやるのは、こいつを助けてやるからだぞ。もしお前が、私の考えたことがないこといったら、いれてやらないからなっ」


 燎祐は、女の子と言葉に黙って頷いた。

 すると女の子、いきなり怒りだした。


「んーー!! ちゃんと返事しろっ! 返事しないやつは嫌いだ!」


 本日二番目のぷんぷんだった。

 女の子は、燎祐にずいずいっと迫った。


「へぇ~ん~じぃ~しぃろぉっ!」


 女の子は、手をぶんぶんしながら、ふんわり地団駄を踏んだ。

 一応、これでも目一杯起こっているのである。まゆりであれば落雷は確定のお冠レベルだ。

 なので、燎祐も無下にはしない。


「わ、分かった……きみが考えたことがないことは言わない、約束する」


「んっ! へんな呼びかたするなっ! 私は『私』だぞ!」


「え、えぇ……」


 燎祐の反応に、髪をふわっと逆立てて、むきー!、と怒り出す女の子。

 しかし、この子が何に対して怒っているのかまったく分からなかった。


(それにしても、自称『私』って……。それが本当に名前だったりは、しないよな……)


 もうどう呼んだらいいのか分からず、燎祐はひたすら困惑した。

 とりあえず突破口になるか分からないが、燎祐は、自分から名乗ってみることにした。


「紹介が遅れたけど、俺は、常陸燎祐っていうんだ。助けてくれてありがとう」


「ん。ヒタチ? お前、ヒタチなのか?」


 女の子は、ジトッとした目を、ぱちぱちしながら、燎祐のまわりを行ったり来たりして、ぺちんぺちんと燎祐を叩いた。それから、鼻を近づけて、くんくんと匂いをかぎ始めた。


「お前、クゼの匂いがするぞ。ほんとうにヒタチなのか?」


 女の子は、小首を傾げ、不思議そうにまばたきを繰り返した。

 燎祐は、女の子の言っている意味がまったく分からず、ただただクエスチョンを浮かべた。

 していると、女の子は、燎祐のズボンのポケットをぺちぺちした。


「ん。ここだ、ここからクゼの匂いがする。私は鼻がいいんだぞ」


 その言葉が妙に引っかかった燎祐は、鉄扉の前で一旦レナンを下ろた。

 記憶している限り、そのポケットには何も入れていないはずだったが、そういえば目覚めてから、時々そのあたりがチクリと刺すことがあった。ただ、気にするほどではなかったから、今の今まで無視していたが、指摘されてみると、それがとんでもなく怪しいモノに思えてきたのである。


 確認のため、ポケットにズボッと手を突っ込んでみると、指先をザクッとなにかが穿った。たまらず手を引き抜き、刺痛のあった場所に目をやったが、特に何ともなかった。

 今度は、探るような手つきでポケットの中をまさぐってみた。すると、トゲトゲした硬いものにぶつかった。

 掴み取ったそいつの正体を見破らんと、体の前で手を広げた。


「え、これ……嘘だろ!? なんで?!」


 素っ頓狂な声を上げ、絶句する燎祐。

 一方、女の子は、見せて見せてと言わんばかりのつま先立ちになっていた。

 でも、燎祐は呆然とするばかりで、一向に手の中を見せてくれないないので、業を煮やした女の子は、燎祐の服を引っ掴んで、不満げに揺すった。


「ん~、ん~~~~、ん~~~~~~っ」


「ええっと……、見たい?」


「んんーー!! お前嫌いだっ! 見るっ!」


(見るんかーーーい!!)


 手を下げてあげると、女の子は、何の遠慮もなしに、燎祐の手から、トゲトゲしたリング状のものを取り上げた。

 女の子が、頭上に翳したそれは、まゆりが残していった『茨の指輪』だった。


「トゲトゲだっ。トゲトゲしてるっ」


 女の子は、なんだかはしゃいでいるように見えた。

 燎祐は、不思議な面持ちで、それを見ていた。


「部屋に置いてきたはずなのに……。いつの間にポケットに」


 燎祐の記憶違いでなければ、茨の指輪は、机の引き出しにしまってあるはずだった。取りだした覚えも当然ない。

 なのに、ポケットの中から出てきた。


(これだけ記憶と違うことばっかりが続くと、いよいよ本気で自分を信用出来なくなりそうだ……。帰ったら引き出し開けて、確かめてみないとな……)


 はあ……、と溜め息をつく燎祐。

 頭の中が分からないことだらけで、頭もお腹もいっぱいだった。何ならロキソニンか胃薬でもほしいくらいだったが、そんなことなどお構いなしに、次なる不思議が、既にグロッキーな燎祐のもとに、ふんわりと寄ってくる。


「ん。やっぱりな。クゼだ、クゼの匂いがするっ」


(クゼって、久瀬のことだよな、たぶん……。でも、久瀬の家は十年前に……)


 燎祐が知っている限り、久瀬家の生き残りは「まゆり」だけで、姉妹がいたという話も聞いたことがない。だから、似ているのは偶然で、まゆりの肉親ではないだろうと思った。

 しかし、この女の子が久瀬家と無縁なら、まゆりが作った指輪を、どうして『久瀬』と分かるのか。

 すべて偶然でしたでは暴論過ぎる。

 かといって、全の点と線が繋がっているものとは思えない。となれば、現状で導き出せる回答はひとつ。


(この子は、何からの形で『久瀬』を知っている……)


 詳細はもちろん分からない。話を切り分けて整理するにも、ヒントが足りなすぎた。

 なので、後ろ髪を引かれる思いではあったが、このことはいったん隅に置くことにした。

 していると、指輪を手に愉しんでいた、女の子が何かに気づいたらしかった。


「ん! これ、へたっぴだな! 私のがじょうずだな!」


(なんか俺の宝物にケチついたんですけどー!?)


「私のかちだな! だから、これ私にかせっ! きれいにしてやる! 私にまけたやつは、私のいうこと聞け!」


「俺は何に負けたんだ!? ま、まあ……いいか。ところで、綺麗にするって、なにするつもりなんだ」


「トゲトゲを、つるつるだ!」


「え”え”っ!? 研ぐってこと?! い、いや、いいよ。それ俺の大事なものだから、そのままの形で保管しておきたいんだ」


「だーめーだー! 私がきれいにすぅーるぅー! お前、いうこと聞けっー!」


(この子なんでこんなに強情なの?! っていうか、俺の指輪返して!?)


「ん~~~!!! わかったら返事しろ~~!」


 燎祐は、なんで!?、と言いかけて、閉口した。

 だが、女の子は、手足をふんわりとジタバタさせながら、ない筈の主導権をがっしりと掴んで離さなかった。

 もちろん指輪も燎祐から取り上げたまんまだ。


(返す気なしか!? この子、どうして、この指輪にここまで拘るんだ?!)


 しかし、それを口にして、この子の機嫌を損ねるのは不味いし、気分を害して大事な指輪をどうされるかもわからないので、燎祐は考えるだけに留めた。

 していると女の子、燎祐の同意も取り付けず、勝手に話を進め出した。


「私わかるぞ。これ、作ったやつ、作りかた、ぜんぶしらないんだ。だから、これ、ビリビリでトゲトゲなんだ。これじゃお前、つけられない」


(ビリビリのままって……、まゆりの魔力特性のことだよな。じゃあこの指輪の造形って、茨をモチーフにしたんじゃなくて、(イカヅチ)の特性がそのまま固まったものだったのか……)


 まゆりの魔法生成物の完成度を知っているだけに、どうしてこの指輪だけが、用途に堪えない造形をしていたのか、燎祐のなかで暫く疑問だったが、その理由がようやくスッキリ()けた。


「私は作りかたぜんぶしってる。これで、お前も、作ったやつもあんしんだなっ」


 腰に両手を添えて、んふふーん!、と高らかに胸を張る女の子。

 どうやら褒めてほしそうだ。

 しかし燎祐、己の()を貫く。


「いや、別にやらなくていいけど」


「んーーーーー!!! いーうーこーとーきーけーー!!!」


 ふんわりと両腕を振り乱して、ふんわりと怒りを爆発させる女の子。

 怒っているのにちっとも怖くない。

 むしろ超可愛かった。


 一見そんなプリティな様ではあるが、信頼ある燎祐の判定によると、これはかなり危険な(ゾーン)に達しているらしい。

 ちっともそんな風に見えないのが尚恐ろしい。

 喩えるなら、まん丸可愛いひよこの姿をしたドラゴンか。

 もう殆ど不条理な災いの類いである。


 その災いの『ひよこドラゴン』が、いま、燎祐の前で暴れている。


「んーーーー!! 私がいちばんじょーずなんだあっー!!」


「あの、ほんと、大丈夫だから、指輪返して」


「やーだーあーっ!! 私がかわりにやるんだあーー!! 私がいちばんとくいなんだぁーー!!」


 ここぞとばかりにゴネまくる。

 指輪に手を加えない限り、どうあっても気が済まないらしい。

 燎祐だって、自分の大事なものを秤にかけるつもりはない。

 けれど、レナンの一件が頭を過る。

 この子は、自分となんの関係もないレナンを、助けてやる、と言い切った。そして、何らかの処置を施してくれた。回復していると言い切れる状況ではまだないが、好転の兆しはある。


 だったら、わがままのひとつくらい聞いてあげてもいいんじゃないか――と、燎祐はそんな風に思えてくるのだ。

 事実、この小さな大恩人に、何のお礼もできていないわけなのだから、こちらに無害である限り、当人が望むことをさせてあげるべきだろうと、燎祐はこの場は大人になることに決めた。


「分かったよ。その指輪、宜しく頼むな」


「んーーー!! ……ん……んん? お前、いまなんていった! もっかいいえっ!」


「だから、指輪のことよろしく頼むってい――」


「――んふふーん! お前のおねがい、聞いてやる! 私はすごいからなっ! これであんしんだなヒノタチ!」


「お、おう……。じゃあ頼むな? あと、言っとくと、俺はヒノタチじゃじゃくて、ひ・た・ち、な?」


「うるさい。お前嫌いだ。どっかいけ」


 ふんわり言い放つ女の子。

 抜群のクソガキ感だった。

 だが全てはレナンを助けるためだと思って、笑顔で堪えた。

 しかし、女の子、笑みを浮かべる燎祐を見て、若干引いていた。


「……お、お前、なに笑ってるんだ……。きもちわるいな……」


(――ちょっとこの子ぉぉぉぉぉおおお!!! この子おおおおおお!!!)


 これには、さしもの燎祐も、ぷるぷるしてくるものがあった。

 脳内だけでも、この子を、スパパンと引っぱたきたい想いに駆られたが、イメージ上とはいえ、まゆりと同じ顔にそんなことが出来るわけもなかった。


(我慢だぁぁあああ!! 我慢しろ俺ぇぇ!! でも、嗚呼っ、なんて腹立たしい可愛さだ!! 可愛すぎる!! くっそぉっぉぉおおお!!!)


 許せるか許せないかといえば、許せる方だったが、燎祐といえどやっぱりご立腹ではあった。

 憤懣遣(ふんまんや)方無(かたな)いとはこのことか。


 一方、完全にマイペースな女の子は、燎祐のことなどそっちのけだった。


「私これとくいだからな! すごくきれいになるんだ! お前おどろくぞ!」


 女の子は、てくてくと歩いて、燎祐とレナンからちょっとだけ距離を取った。

 そして、左手の人差し指と、親指ので挟んだ『茨の指輪』に意識を集中した。

 すると、女の子の周囲を、青みがかった細い光がビリビリと走りはじめた。女の子の魔力特性による放電現象だった。


(そういや、電気系の魔力特性ってあんまり見かけないよな。絶対数が少ないのか?)


「ちょっぴりビリビリするぞっ」


 女の子がそう口にした瞬間、すみれ色の雷光が、地下道内に瞬いた。

 雷鳴が響き、すみれ色の鮮やかな雷が、激しくスパークした。

 空気中の埃が焼けた焦げた臭いに混じって、プールの消毒液のようなオゾン臭が、鼻を突いた。

 燎祐は我が目を疑った。


(電気じゃない……、(イカヅチ)だ。まゆりと同じ、(イカヅチ)の魔力特性だ。それに、すみれ色の魔力色って……。あるのか、こんな偶然が……!?)


「ん。できたぞ。作ったやつが作れてないとこは、私がなんとかしてやったぞ。これ、ほんとは、つけないとダメなやつだから、お前ちゃんとつけろ。つけたら作ったやつもあんしんする」


 そう言って、女の子は、燎祐の手の中に指輪を返した。

 返ってきた指輪をつまんで、目の高さまで持ち上げてみると、茨のようにトゲトゲしていた指輪は、滑らかなリングに形を変えていた。まるで職人の手で丹念に研削されたようだった。


 その代償といってはなんだが、もともとの翡緑色だった指輪に、ほんのりとした青みが加わっていた。これが、女の子の言っていた、足りない部分を補った結果というやつだろう。


 自分の大事なものが純粋さを失ったことに、燎祐は、何とも言えない複雑な気持ちを覚えたが、しかし女の子のせっかくの好意を無下にはすまいとも思った。また、それを受け入れるべきだ、とも。


「おいお前、それ、こっちの手の、この指につけろ。ほかの指はだめだ」


 女の子は、自分の右手を持ち上げ、薬指をくいくいと動かした。

 燎祐は、言われたとおり、右手の薬指に指輪をはめた。


「これでいいんだよな」


 つけてみたら何か変かがあると思ったが、特にそんなことはなかった。

 燎祐が指輪を眺めながら不思議そうな目をしていると、女の子は、ははーん、という顔をした。

 

「お前、それのつかいかたしらないなっ。私が教えてやってもいいぞっ」


「いいのか? ちょうど困ってたところだから、教えて貰えると助かる」


「ん。やっぱやめた。教えない」


 燎祐からぷいっと顔を背け、レナンのところに小足でかけていく女の子。

 安定のクソガキ感だった。


「我慢だ…………我慢しろ、俺……大人になれ……」


 燎祐の顔の半分くらいまで、妖しい影が降りていた。結構キてるようだ。

 そんな燎祐を完全に無視して、女の子は、ふんわりとレナンの前にしゃがみ込んだ。


「ん。こいつ、すこしだけ、あんしんしたか。でも、こいつのなかのわるい空気、またふえてるな。だいじょうぶか?」


 女の子は、眠るレナンの寝顔を見つめながなら、頭を右に左に傾げている。

 なんだかちょっと落ち着かない感じだ。この子なりに気を揉んでいるのだろう。

 そのうちに、女の子は、ぐーっと鼻を突き出して、レナンの匂いをくんくんとかぎ始めた。

 何か意味があるのかと思って、燎祐は静かに見つめていたが、この女の子は、どうやら単純に匂いをかぐのが好きなだけらしかった。


「ん! これ、火のにおいだっ! 好きだぞこのにおいっ!」


 わぁ!、と嬉しくなった女の子。

 軽くハイになっていた。

 燎祐が余裕ある大人の笑みでその様子を眺めていると、女の子は、突然、レナンのローブをがばっとたくしあげ、その中にズボッと頭を突っ込んだ。

 唐突のことに、ギョッとした顔で固まっている燎祐のそばで、大きく膨らんだレナンのローブが、もぞもぞーっ、と間断なく動きまくった。


「んんっ! すごくいいにおいがするっ! こいつのおなか、すべすべできもちいいぞ!」


「――え”っ!?」


 あわわわわっ!、と燎祐が手を駒ねていると、その眼下で、ぴたっと女の子の動きが止まった。

 そして叫んだ。


「おい! こいつ、むねに、ふにふにした、やらかいのついてるぞ! なんだこれ! ふたつある! なんだこれ!」

(確実におっぱいですううううううううううううう!!!)


「ん! これ、なんか、おもしろいなっ!」

(なにしてんのこの子ぉぉぉおおお!??!)


 ――と。

 寝ている人相手に、割とやりたい放題だった。

 レナンが起きないのが不思議なくらいの空騒ぎだった。

 それでようやく、レナンのローブの中から出てきたと思ったら、女の子の髪は、ひどくボサついていて、髪の梵字も崩れ放題だった。

 でも、ふるふると子犬みたいに頭を振ったら、すぐにふんわりした。梵字も元通りになった。なかなかの便利システムだった。


 満足した女の子は、眠るレナンに寄り添うように、隣にしゃがんだ。


「ぜんぶいいにおいだ。私こいつ好きだぞっ」


 そう言って女の子は、ん~~、と甘えた子犬のように鼻を鳴らした。

 どうやらレナンのことがいたくお気に召したらしかった。

 燎祐は、内心で「確かにレナンはメッチャいい匂いする」と全肯定をしつつ、女の子の視線を横切って、レナンを腕に抱えた。

 それに合わせて、女の子も立ち上がった。

 すると、鋼鉄製の二枚扉が、主を迎えるように勝手に開いた。

 女の子は、燎祐に一瞥した。


「と、とくべつ、だからなっ!」


 と、口にしている割には、早く早くっ、といった嬉しそうな表情をしているのであった。


(素直なんだか、素直じゃないんだか……) 


 燎祐は、この子の性格が、なんとなく分かった気がした。

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