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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章38 隠世の少女①

 捜索を始めて程なく、燎祐は、瓦礫に挟まっている黒ずくめを見つけた。

 念のため、レナンをいったん安全な場所に下ろしてから、警戒しながら近寄った。


「たしか相羽の腕と一緒に爆発してたと思ったけど、こいつだけ不発したのか……?」


 耳を澄ませてみたが、空気の中に、黒ずくめの呼吸音は聞こえない。瓦礫に挟まっている黒ずくめは、既に事切れていた。

 敵は敵――されど仏は仏と思って、燎祐は、黒ずくめに覆い被さっている瓦礫を退してやると、ローブにくるまった上半身が、ボトッ、と足下に転がった。

 唐突のことに、一瞬たじろいだ燎祐だったが、その直後、捲れたローブから覗けたものを目にし、喫驚の声を上げた。


「そんな?! 嘘だろ?!」


 捲れたローブから覗けていたのは顔だった。厳つい造形をした男の顔だ。

 それが、燎祐には、相羽の顔にしか見えなかった。


「どうして相羽が!? 逃げたはずじゃ!?」


 その顔は、打撃痕どころか火傷の痕もなく、状態としては綺麗なものだった。

 目撃したその顔が幻術かと疑った矢先、その顔面は急速に黒く変色を始め、僅か数秒で真っ黒になった。

 それから十秒も経たぬうちに、相羽らしきものは、寿命を迎えた砂細工のように元の形を失って潰れた。


「――なっ!?」


 燎祐は、驚嘆すると同時、それを瞬時に罠と判断し、咄嗟に身構えた。

 しかし、どれだけ感覚を研ぎ澄ませ周囲を警戒すれども、何の気配もしてこなかった。


「息があったわけじゃないのか……。いや、だったら今のは……」


 燎祐は、恐る恐るローブを引っ掴んで、バッと持ち上げた。

 すると風圧になびいたローブの裾から、黒い砂が、サラサラと舞った。

 しかし、それだけだった。

 黒ずくめの中身は、もうどこにもなかった。


 訝しんだ燎祐は、黒ずくめの半身が残っているであろう場所を覗き見た。

 すると、そこには、あるべき半身はなく、代わりに、盛り塩のように積まれた黒い砂だけが残っていた。

 相羽とも黒ずくめともつかない何者かは、黒い砂となって消えてしまった。


「どうなってんだ……」


 手に持ったローブだけが、空しく風になびいていた。

 その時、瓦礫の隙間に、光るものを見つけた。


「ん……これは」


 引っ張り出してみると、黒ずくめたちが使っていた山刀が、ひょっこりと顔を出した。

 レナンに叩き折られたものではなく、刀身がしっかりとついているものだった。近くには専用のホルスターも落ちていた。


「よし、どっちもまだ使えそうだな」


 普段ならともかく、今は緊急時。たとえ敵の遺物であっても、使えるものなら使う。

 それが最善だと判断した燎祐は、拾った山刀をホルスターに収めて、腰に差した。

 また少し気は進まなかったが、拾った黒ずくめのローブは、防寒のためレナンに着せた。


「これで露出はぐっと減らせたが、まだ肌が冷たいな。できれば、あと一枚くらい見つけたいところだけども……、あの爆発じゃ、流石に吹っ飛んでるよな……」


 燎祐は捜索ついでに探してみたが、案の定それ以上の収穫はなかった。


 しかし、本命は見つけることができた。


 それは、捜索から五十分ほどが経った頃だった。

 めぼしいと思う場所を探し終え、いよいよ諦めの色が濃くなってきたとき。

 ふと目をやった所に、妙に気を引かれた。


 目を凝らしてみると、折り重なった瓦礫の隙間から、黒いものが僅かに覗けていた。

 最初は黒ずくめのローブかと思った。

 しかし、近寄って正体を確かめてみると、それは黒い鉄格子――探していた、檻だった。


「やった! 見つけたぞ!」


 燎祐は、歓喜も安堵もそこそこに、急ぎレナンを抱きかかえて、檻が見つかった場所に舞い戻った。


「レナン、レナンっ」


 優しく頬に触れ、気付(きつ)けを促すと、少しの時間をいてレナンが、怠そうに、ゆっくりと目を開けた。


「見ろ、檻だ」


「!――……ぁ…………ぁ……」


 レナンは懸命に手を伸ばそうとしたが、現実は、指先が僅かに動いただけだった。

 燎祐は、その気持ちに促されるように、瓦礫を背もたれにできる場所にレナンを下ろした。

 準備万端の燎祐は、パンと拳を打ち鳴らした。


「っし! 待ってろよ!」


 燎祐は、青い瞳に熱いものを滾らせ、檻の上に重なる瓦礫を、次から次に取り除いた。

 優に百キロを越すであろう大きな瓦礫も、まるで河原の小石のように、ブン投げ、あっという間に檻を掘り出した。

 ただ、檻には相当な重量が伸し掛かっていたらしく、上半分ほどが潰れて、シャフトが全体的に湾曲していた。

 それを見た燎祐は、この檻が、魔法的にだけではなく、物理的にも十分破壊できるのだと分かって、一つ安堵した。


「これくらいの物理耐性なら、俺一人でもやれるなっ」


 燎祐は鉄格子を引っ掴み、思い切り左右に引っ張った。

 出入り口がないなら、空いている隙間をかっ開いてやろうというのだ。まるで映画のキングコングのような発想だった。

 燎祐は顔が破裂するんじゃないかと言うほど気張った。

 すると――――


 ギ……ギギギギ……ギィ……


 鋼鉄の悲鳴を上げ、鉄格子が変形しはじめた。

 予想ではもっと簡単にいくはずだったが、思っていた以上に硬かった。

 燎祐は、一旦手を緩め、スゥゥーと大きく息を吸い込んだ。

 空っぽになった肺に酸素が満ちて、全身が血液が巡った。


「っふ……――――うらああああああああ!!!」


 カッと目を開いた瞬間、胸の中心に強い鼓動を感じた。

 直後、燎祐の掴んでいた鉄格子が、力の掛かる方向にぐにゃりと(ひしゃ)げ、檻が大きな口を開いた。


「ふぅ~……、どんなもんだいっ」


 強制解錠を達成した燎祐は、直ぐさま檻の中に腕を突っ込ませた。

 そして東烽の制服を纏い、横たわる骨を、それ以上傷つけないように、ゆっくりと檻から出した。


「やっとご対面、だな」

 

 燎祐は、生徒Aを腕に抱え、レナンの傍までいった。

 これが、いったいどれくらい振りの再会になるのか、生徒Aの記憶を失っている燎祐には分からなかったが、レナンには、それがはっきりと分かるのだろう。

 レナンの弱り切った顔の上に、明らかに、悲しみの色が浮いていた。

 程なく、永遠に眠る友を前にして、レナンの目尻から、涙が流れ落ちていった。

 そんなレナンへ、燎祐は、かける言葉を見つけられなかった。


 瘴気(ミアズマ)の光が静かに二人を照らす。

 長い沈黙だった。


 レナンの頬から、大きな涙の滴が零れた。

 燎祐は、やるせない気持ちで、その滴が宙を滑り落ちるのを見つめていた。

 丁度それが、ぽたり、と瓦礫の上に落ちたとき、レナンが小さくまばたきをした。

 そして、薄くしか開かない目をなんとか開けて、ただ一点に注視した。

 レナンが見ていたのは、生徒Aの右手だった。それを見終わると、こんどは左手を見た。

 また、弱々しく、まばたきをしながら、壁にもたれた。

 恐らく、なにかを考えているのだろう。

 暫く待っていると、レナンが燎祐を呼んだ。


「…ぁ………り…………」


「ん、どうしたレナン」


 燎祐は、レナンの唇に目を向け、言わんとしていることを読み取り、復唱した。


「ゆ び が あ る……、指がある? レナン、それ、どういうことなのか、いま話せるか?」


 その問いに、レナンは僅かに眉を潜めて難色を示したので、言葉だけでは説明できないのだと了解した。

 だが、レナンが無用に何かを不審がるとは思えない。おかしいと感じている以上、『指がある』ことが、なにか変なのだろう。

 チラリと目を向けたら、生徒Aの両手は、レナンが言うように指が確かにあった。きっちり十本揃っている。欠けている指は一本もない。


(レナンが知っている生徒Aの手には、指がないのか……? それとも欠損している指が……?)


 燎祐の中で、一つの推測が出来上がる。

 しかし、それを言葉にしようとした時、燎祐が腕に抱えていた生徒Aに、異変が起きた。

 真っ白だった骨の体が、突然、黒く変色したのだ。そして二人の目の前で、生徒Aの体が、ボロッ、と崩れた。


「「!?」」


 驚く二人の目の前で、崩れた生徒Aの体は、黒ずくめの時と同じく、風に舞う砂塵の如くとなって消えた。

 主人を失った生徒Aの制服は、たちまち淡い粒子となって、大気の中に溶けて消えた。生徒Aの痕跡は何も残らなかった。


「まただ……、また黒い砂になった」


「……り……ん……っ」


 レナンは必死の声をぶつけた。

 燎祐がいま口にしたこと、自身が生徒Aの手に持った疑念、その二つが無関係だとは、どうしても思えなかったのだ。もちろん燎祐もそう思った。

 だが、それ以上に、胸の中がざわついてい、何もこたえられなかった。

 言い知れぬ不安と言えばそうなのかもしれない。

 だが、その正体が判然としない。

 心の内に、波紋のように、悶々としたものが広がっていく。


(落ち着け、落ち着いて考えろ。いま、俺は、何を思ったんだ……)


 喉元までで掛かった言葉をどうしても思い出せないような感覚だった。

 或いは、感覚的に分かっている答えを、どうやっても言葉に出来ないような、伝えようもない感覚といえばよいだろうか。

 燎祐が苛まれているのは、そういった類いのものだった。

 

 瘴気(ミアズマ)の空が、あざ笑うかのように妖しく光る。

 不意に、強い風が空から吹きつけた。

 足下から砂塵が勢いよく舞い上がった。

 思わず腕で顔を覆った。

 刹那、硬い金属的を強く打ち付けるような鈍い音がした。

 どうやらバランスの悪かったところが、今の突風で崩れたらしい。

 その方向に目をやってみると、倒壊した瓦礫が、鉄製の扉を押し潰しているのが見えた。


「寝てる間にあんなのが落ちてこなくて良かったな……。下手したら、瓦礫の下に閉じ込められるところだった――」


 途端、燎祐はハッとした。

 そして、それを言葉にするよりも早く、燎祐はレナンを抱きかかえて、出口に向かって全速力で駆けだした。


 レナンは、説明なく走り出した燎祐に驚いて、その理由を問いたく思ったが、険しさを増した彼の眼差しを見て、自分の言葉にしたかったことを全部取り下げ、すべてを委ねることにした。

 そのうちに、レナンは意識を保てなくなり、再び、まどろみの中に埋没した。


「大丈夫だ、道は全部覚えてる! あの時とは違う!!」


 元来た道を全速力でぶっ飛ばし、両肩で風を切りながら、出口に向かってひた走った。

 コーナリングのたびに、怒鳴るような風鳴りが耳許を叩き、風圧に巻かれたレナンのローブが、腕の中で、バサバサとなびいた。

 まるで台風のまっただ中に放り込まれみたいだった。

 心なしか、自分の体温が下がっていくように感じた。


 そうこうしていると、前方に、工事現場でよく見る囲いが現れ、いよいよ出口に繋がる通路が見えてきた。

 同時に、おびただしい数の血痕が、通路の方に向かって点々と続いているのが目に飛び込んできた。


「この血――相羽か!」


 燎祐は、瘴気(ミアズマ)の空の下を突っ切って、脇目も振らず通路に飛び込み、出口に向かって一気に駆けた。

 周囲は一瞬にして真っ暗になった。

 だが、ゆくべき道は一本道。紛うことなき直線一本。全速前進、ただあるのみ――――


 しかし、そう思って駆けていた矢先、壁にぶつかった。ゴムのように弾力に富んだ、透明の壁だった。

 その壁にやんわりと押し戻されてしまい、燎祐は、先へ進むことが出来なくなってしまった。


「なんだよ、これ……! こんなの、来たときはなかっただろ……!」


 真っ暗闇の中で、色濃い焦りの表情を浮かべた。自然と、レナンを抱えている手に力が籠もった。

 焦燥に駆られた燎祐は、肩を突き出して必死に壁を押したが、徒労に終わった。


「また出口がないのか……あの時と同じなのか……」


 出口を求め彷徨った、焦燥に塗れたあの記憶が、白い閃光となって、頭の中に瞬いた。

 暗闇の中で、燎祐の顔面は蒼白になっていた。


 カサ……カサ……

 ……スル……スル……


 果たして幻聴か、後ろの方から、衣擦れの音が近づいてくるのを耳した。

 次いで、気配を感じた。背後の闇の中から、こちらを凝と見ているような気配が。

 瞬間、頭を過ったのは、どこまでも追ってくる――全身を串刺した、あの影。


 燎祐は、そのイメージを懸命に振り払うように、透明な壁に向かって全力で突進した。

 けれど跳ね返される。何度やっても同じ事だった。


「何でだよ! 何でだよ畜生ッッ!!」


 不安を怒りに変えようが、何の意味もなかった。

 燎祐は、魔法に対してあまりにも無力だった。


「くそっ!! 俺に……、俺に魔法が使えたら、こんな壁くらい……!!」


 だが、燎祐には何も出来ない。

 『たられば』は所詮『たられば』でしかないのだ。

 今の先に続いているのは、夢ではなく、現実だ。

 しかし、暗闇の世界に響いたのは、燎祐の慟哭だけではなかった。


 カサ……カサ……

 ……スル……スル……


 また、近づいてくる衣擦れの音がした。

 幻聴ではなかった。

 その音は、燎祐の数歩後ろのあたりで止まった。

 背後の闇から視線を感じた。そこに気配があった。

 誰かに、見られている――――

 燎祐は凍り付いた。


 カサ……


 衣擦れの音が、また一歩分近づく。

 燎祐の、レナンを抱く手に力が籠もる。

 

 カサ……


 また一歩分、気配が近づいた。

 燎祐は、薄氷を踏む思いで、背後の気配から距離を取ろうとするも、半歩も行かないうちにシューズの爪先が透明な壁にぶつかった。

 と、その時――


「むだだ、出られないぞ」


 幼い声が背後から飛んできた。

 燎祐は一瞬、耳を疑った。

 なぜなら、その声が、とてもふんわりしていたからだ。

 だから即座に幻聴と割り切って、燎祐は足を再び壁に向けたが、


「おい、出られないっていってるだろ」


 声は、錯覚でも、幻聴でもなかった。

 そして、それは聞き違えるはずがない、母の声より聞いた、あの声だった。

 いつも隣から聞こえていた、ふんわりした、あの声。

 絶対にそのはずだった。


「おいお前、聞いているのかっ。聞いているなら返事しろ」


 なのに、口調だけがまったく一致していない。声だけが同じだった。

 燎祐は、恐る恐る振り返り、暗闇に向かって問うた。


「誰だ……」


 その問いに、ふんわりした声が即答した。


「ん。しらん」


 まったく要領を得ない返答だった。

 その返答に燎祐が面食らっていると、対面の暗闇に、すみれ色の灯りが、ぽぅ、と灯った。

 すると闇の中から、とても小柄なシルエットが浮かび上がった。

 そこにいたのは、地面に引きずるほど(すそ)が長いローブを纏った、ふんわりとした、小さな女の子だった。


 燎祐は、絶句した。


「まゆ、り……!?」

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