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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章37 封鎖区画の夜

 燎祐が目を醒ますと、胸の上に、重さを感じた。

 見るとレナンが覆い被さっていた。軽く揺すってみたが意識がなかった。


 レナンを胸に抱きながら半身を起こすと、辺りは瓦礫の海で、あったはずの壁も天井もなく、二人は、瘴気(ミアズマ)が作る不気味な光のまっただ中に、ぽつんとしていた。燎祐は、まるで空爆が去ったあとに顔を出した戦災者のような面持ちで、それを眺めていた。

 そして一瞬、自分がどうしてこんな所で寝転んでいたのかと思ったが、怪訝な眼を幾度としばたかせているうちに、だんだんと、意識か飛ぶ前の記憶が定まってきた。そのうちに記憶と状況が一本に繋がった。


「そうだ、相羽の腕が爆発したんだった……。それでレナンを。けど、あの距離で良く五体無事だったな……。我ながら頑丈っつーか、運が良かったっつーか……。瓦礫に埋もれてないのなんて、もう奇跡だろ……」


 部屋の痕跡が跡形もない以上、命があるだけでも奇跡以上の奇跡だったが、ただそれは、神仏が気まぐれや悪戯でもたらしたものではなく、まして超運命的な偶然でもない、燎祐たちが生き残ったのは必然のことだった。

 その理由(わけ)を知るヒントは、彼のズボンのポケットにあったが、この時点で、燎祐が気づくことはなかった。

 また燎祐は、自分より先にレナンが目を醒まし、瓦礫の下から救出したことなど、気づく余地もなかった。


「けど、困ったぞ……。こんな中から檻を見つけなきゃいけないのか……。レナンを探さずに済んだのは、ほんとに良かったけど、こりゃ骨が折れるな……」


 木っ端微塵に吹っ飛んだ瓦礫の中では、相羽と戦闘した部屋の位置だってはっきりとは分からなかった。

 また、あの爆発で檻がどうなってしまったかということについても、手がかりは瓦礫のなかに埋没してしまっている。

 そんなわけで、辺り一帯を隈なく掘り起こさなければ、お望みのものは見つかりそうになかった。


 燎祐は溜め息交じりに頭を掻いた。ざらっとした感触が指をついた。

 どうやら爆発で打ち上がった砂利が、寝ている間にふりかかっていたらしい。


 静かだな、と思って耳を澄ませていると、どこからかガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえた。

 目をやると、丁度、瓦礫の山が潰れるところだった。直後、臀部(でんぶ)に振動が伝ってきた。


「ここは不味いな……」


 いつ崩れるとも分からない場所で、これ以上の長居はできない。

 先ずは移動だ、そう思った燎祐は、意識のないレナンを背に担いで、ゆっくりと立ち上がった。

 念のため、レナンには、自分の上着を羽織らせた。


「気をつけないと足を取られそうだな」


 燎祐は、不安定で不揃いな瓦礫の上を一歩づつ確実に歩いた。

 途中、危なそうなところへは足を運ばずに、その場を迂回して、安全なところだけを通った。

 瓦礫の海をようやく抜けて、後ろを振り返ってみると、そこだけが戦禍の跡のように非現実的だった。

 

「ふぅ……、足場が悪かったせいで意外と体力使ったな……。どこかで一休みしたら捜索しないと、だな」


 そう言って燎祐は、工場の焼け跡に背を向けた。

 次にすべきことは、レナンを、安全と思える場所まで運んで、ゆっくり休ませること。

 表面的に目立つような傷はなかったが、耳に聞こえてくるレナンの呼吸音はかなり浅く、その中に苦悶の色が滲んでいるように思えた。また、薄着が大好きな極度の暑がりとは思えないほど、身体が冷えきっていた。

 どう考えても普通の容体ではない。なのに、このまま捜索にまで付き合わせたら、大事になるかも知れない。

 そこで燎祐は、ひとまず封鎖区画を離れ、折を見てここへ戻ろうと考えた。


「とにかく今は、レナンのことが最優先だ。他は二の次でいい」


「…………り……ん」


 その時、蚊の鳴くような声が聞こえた。

 燎祐は、はたと足を止めて眼をしばたかせていると、また聞こえてきた。


「レナン?」


 顔を後ろを向いけて訊ねてみると、背中のほうで、微かに頷いているような感じがした。


「よかった、意識が戻ったんだな」


 また、微かな動きを背に感じた。注意していなけれ錯覚かと思うほど、弱々しい反応だった。


「大丈夫なのか」


「…………」


 言葉の粒が、聞き取れないほど小さかった。


「今は休んでろ。すぐに休める所に連れて行ってやるから」


「…………」


 レナンは、何かを口にしようとしていたのだが、その呼気はあまりに小さく、声としての形を成していなかった。

 燎祐の予想していた以上に、レナンの容体は芳しくないようで、今すぐに休養が必要なのは明らかだ。

 ゆえに燎祐は、一刻も早く、この封鎖区画を離れなければと思った。


「しっかり掴まってろよ」


 倒壊した工場に背を向け、燎祐が入り口の方へ歩き始めると、背中に乗っかっていたレナンの重みが、急に、ぐらりと宙を泳いだ。

 レナンの上体が、燎祐の背から離れてしまったのだ。

 咄嗟に、燎祐は上体のバランスを立て直し、レナンを背負い直した。


「あっぶなかったぁ…………」


 ホッとして、歩き出そうとすると、またバランスが崩れた。

 今度はギリギリのところで持ち直したものの、どうやらこれは偶然ではなさそうだと思った燎祐は、恐らく、レナンは何かを伝えたいのだろうと考え、一旦足を止めて、安全な場所にレナンを下ろした。


 ただ、消耗しきっていたレナンの身体は、手で支えていないと今にも倒れてしまいそうだったので、燎祐は、自分にもたれさせながら、レナンの肩を抱いて、その姿勢のまま話を聞くことにした。


 力なく閉じていたまぶたが、重そうに少しだけひらいて、蒼い瞳がうっすらとのぞいた。

 レナンの消耗は、かなり深刻なように思われた。

 燎祐は、身体を気遣いながら、優しく声を掛けた。


「レナン、どうしたんだ。ゆっくりでいい、話してくれないか」


「………………」


 口の中や喉が腫れているのか、レナンが懸命に絞り出す声は、酷くかすれていてた。

 言葉として、なにひとつ聞き取れるものはなかった。

 しかし、燎祐は、微かな唇の動きを追って、レナンの言わんとしていることを読み取った。


「檻を、探したいんだな。見つけだして、連れて帰ってやりたいんだな」


 レナンが小さく頷いた。

 燎祐は同調して頷く中で、逡巡した。


 これから檻を探すにしても、今のレナンを一人にはできない。かといって、瓦礫の海に連れていくのも安全ではない。

 身の安全と、心身の休息、この二つを同時に確保できなければ、この場でレナンの意を汲むことは難しい。


 であれば、優先すべきは、封鎖区画の脱出、ということになる。

 だが、それはレナンは納得しないだろう。

 今の状態ですら、帰ろうとする燎祐を止めようとするのだから、探すことを絶対に諦めないはずだ。


 燎祐は、このジレンマに懊悩した。

 そして、一つの答えを出した。


「一時間だ。いまから一時間だけ檻の捜索をする。見つからなかった時は、すぐに引き上げる。続きは、レナンが回復してからだ。それでいいか」


「――――」


 レナンに、いくら固い決意、信念があっても、自分のわがままで、これ以上燎祐を危険にさらすのは本望ではなかった。

 なのに、ここで自分が頑なになってしまったら、二人揃って、ミイラ取りがミイラになってしまうかも知れない。殊に、レナン自身が半分、棺桶に足を突っ込んでいる状態なのだから、そこはしっかりと理解せざるを得ない部分だった。


「…………」


 レナンは、燎祐の提案に「わかった」と、唇の動きで答えた。

 燎祐は、ここで待つか、一緒に来るかと(たず)ねた。答えは聞くまでもなかった。

 でも、立ち上がる力はなさそうだった。


「おぶると瓦礫の上でおろすとき少し大変だから、こっからは抱っこになるけど、ちょっと我慢してくれな」


 そう言って燎祐は、レナンの身体を両腕で抱えあげた。

 レナンは、緩慢とした動きで顎を仰け反らせて、頭上の燎祐の顔を見上げた。

 腕に感じたバランスの変化に気づいて、燎祐は、レナンに(たず)ねるような表情を向けた。


「だ……り………、………ぅ」


 はっきり聞き取れたのは、ごく僅かな、言葉の断片。それがレナンの、精一杯の声だった。

 燎祐は笑みを返した。


「おーよ、あとは俺に任せとけっ」


 その声に安心したレナンは、頷くように、微睡みの中へと沈んでいった。





****




 時は、爆発の直後まで遡る――――

 

 切り落とした自分の左腕を爆弾と変え、ひとり戦闘領域から逃亡した相羽は、封鎖区画の出口を目指して、全身で風を切りながら一心不乱に走っていた。

 顔面を焼かれ、片腕を失くした重症者であるはずなのに、まったくそれと感じさせない、力強い足取りだった。

 残った右手で切断面を握り、強引な圧迫止血をしているが、心臓というエンジンをフル稼働させているので、出血は止まるよりも悪化していて、もはや止血効果などあってないようなものだった。


「ぐぅ……!!」


 相羽の口から呻吟が漏れる。

 腕一本を犠牲にし、完全に意表を突いたあの爆破、相羽なりに手応えは感じていたが、しかし、あれだけでレナンを仕留め切れたとは、どうしても思えなかった。

 何せ相手は、視認出来ない速度で動き回るのだ、あの一瞬でどこかに身を隠し、爆発をやり過ごしたかもわからない。

 生きている、と考えるのが自然だった。


 ――――動けるならば、イルルミは間違いなく追ってくる!!


 そう考えていた相羽は、封鎖区画の外へと急いだ。

 心臓が早鐘を打ち、そのたびに、切断面から血液がピュッピュッと飛び出し、地面にどれだけの痕跡を残しても、一顧だにしなかった。


「急がねば……急がねば……!!」


 もしあの二人が追ってきたら、この場から逃げおおせることは絶対に出来ない、それが分かっているからこそ、負傷を押してでも全速力で走った。

 相羽は、焦燥は推して知るべしだった。


 だが相羽は、無用に急いでいるわけではなかった。

 急ぐ理由は、もう一つあった。


「稲木出が言っていた、封鎖区画を閉じるという仕掛け、使うとすれば今しかあるまい!!」


 焼けただれたまぶたの間で、企みの色がギラリと光った。

 満身創痍ながら、相羽を相羽たらしめるものは、依然として健在であった。


 その姿が、封鎖区画の出口に躍ったとき、地を振るわすほどの大声が、漆黒の夜空に高らかに響いた。

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