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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章35 リフレーミング③

 火曜日、午前四時十七分頃。

 庁舎の外で尾藤を待っていたのは、いつも緊急の連絡を寄越す女性オペレーター五六(ふかぼり)だった。


「ちょっと尾藤さん! テキトーな暗号文に変な隠語(ジャーゴン)混ぜないで下さいよ!! 解読ミスったかと思ったじゃないですか! あと、私はオペレーターであって宅配業者じゃないです! ていうか、なんつー時間にこさせるんですか! マジで訴えますよ!」


 一発目からキレられた。

 宿直だった五六(ふかぼり)は、メールを貰って直ぐに準備を済ませて、それからずっと、ここで待機していたのであった。

 尾藤は、阿修羅のような顔で睨む五六(ふかぼり)に、拝むように両手を合わせて、ひたすら謝った。

 ほどなく、五六(ふかぼり)は溜め息をついて、「これっきりにしてくださいよ」と折れてくれた。


「で、なに持ってきてくれたんだ? ほんと何でもよかったんだが」


「労基署に持って行けば面白いことになりそうなもの、ですかね」


「ははは、国魔連は労基如きが敵うようなブラックさじゃないぞ。もっと酷いところだ」


「知ってまーす……」


「否定してくれよ……」


「むしろ謝って下さいよ……」


「……すみませんでした……」


 妙にしおらしい尾藤に、はあ、と溜め息をつく五六(ふかぼり)

 五六(ふかぼり)は、それで?、と言いたげな顔を尾藤に向けた。

 一拍おいてから、尾藤は袖の下に忍ばせたものを、五六(ふかぼり)に握らせた。

 五六(ふかぼり)は、尾藤の呼び出しの意図を理解した。


「誰宛ですか」


「舟山さんだ。ここを離れたらすぐに送ってくれ」


「配達の方法は?」


八和六合(シオノクニ)式で頼む。普通の方法じゃあの人はつかまらない」


「了解です、確かに受け取りました。では、こちらからも、お渡しておきますね」


 そう言って五六(ふかぼり)は、足下に置いていたアタッシュケースを、ギャングよろしく、ゲシっとワイルドに蹴って、尾藤の方にやった。

 直後、ゴスッ!、と不穏な音がした。

 アタッシュケースの角が尾藤の(すね)にめり込んでいた。


「~~~~~ッッ!!!」


「あ――」


 哀しい音を立ててパタリと倒れるアタッシュケースの隣に、ガクンと膝を落とす尾藤。弁慶の泣き所が、号泣していた。会心の一撃だった。


「つぅ~~~~ッ!! お、お前なあっ!!」


「あ、そろそろ休憩の取得時間なんで、私帰りますね! じゃ!」


「ちょ、おいこら! 超勤してけ五六(ふかぼり)ぃぃぃぃ!!」


 やんや言う尾藤を置き去りに、五六(ふかぼり)はくるっと背を向けた。

 そして脇に止めていた社用車にそそくさと乗り込み、ノンストップで撤収した。

 尾藤は、それを恨みがましい目で見送っていた。



 すると、その背に、どよーんとした視線が降りかかっているのに気づいた。

 庁舎の職員たちだ。どうやら恋人(ツレ)と会っていた風に思われてしまったらしかった。

 尾藤は、五六(ふかぼり)の名誉のために、直ぐに断りを入れた。


「あ、さっきの人はうちのオペレーターなんで、勘違いしないで下さいね」


「へえ、国魔連のオペレーターは荷物運びまでやるんですねえ」


 墓穴だった。

 というよりは、職員の嫉妬だったのかもしれない。

 五六(ふかぼり)は、物怖じしない性格のためか、誰に対しても距離が近く、相手にも周囲も、非常に勘違いさせやすいのであった。そのご多分に漏れず、職員たちはさっきの一幕を、イチャコラに見てしまったわけである。


「ま、いいですよ。うちはうち、そっちはそっちですから」


「はは……」


 尾藤は苦笑いを浮かべながら、台車で交換機材を運ぶ職員たちの後ろに続いた。



***



 尾藤が庁舎に足を踏み入れると同時に、懐の携帯がブルブルと振動した。

 五六(ふかぼり)からの配送完了メールだった。

 しかし、その直後にもまた、尾藤の携帯が振動した。

 見ると、ディスプレイには湊暁丞(みなとあきつぐ)と表示されていた。


 尾藤は、職員たちに「配達物の不備があった」と適当な嘘をついて、彼らを先に行かせ、足早に庁舎の外に出た。

 庁舎の結界に、秘匿魔法による通話を検知させないためだ。


 安全圏まで出た尾藤は、そこから(みなと)からの電話に応答した。


『尾藤か――――』


『――――おい、どういうつもりだ(みなと)! こっちには勝手に連絡するなって言ってあるだろう!』


『定期報告の前に、先だって伝えておくことがある。どうにも気がかりなことがあってな』


『何だ! 早く言ってくれ!』


 (みなと)の要領を得ない言い回しに、尾藤はイライラと声を荒げた。

 だが、湊は鷹揚(おうよう)とした態度を崩さず、たっぷりと溜を作ってから、気になる事項を言葉にした。


『まゆりちゃんが、攻撃に反対している。いや、もう反対していた、になるか』


『は……? どういうことだ?』


『正確には、作戦案に沿った攻撃内容の実行に反対していた。理由は分からない。それともう一つ、作戦開始後に、まゆりちゃんが言っていたことがあってな』


 尾藤は、静かに、湊の言葉の続きを待った。


『このあとに予定している攻撃、即ち第二フェーズ以降で発射するミサイルの数を、極力誰にも知られないように変更して欲しい、と。やはり理由は教えてくれなかったが……、あの子は、我々が知らない何かに気づいているのかもしれん。尾藤、頼めるか』


『む、難しいが……、そういうことなら仕方ない。でも期待はするな』


『らしくない口振りだな尾藤、どうした、何かあったのか』


 その言葉に、尾藤はドキっとした。

 頭を過ったのは、もちろん、燎祐とレナンのことだ。


『なに、慣れないことをして疲れているだけだ――』


『――嘘をつくな』


 (みなと)は、真っ向から尾藤の言葉を否定した。

 そして、疑念に満ちた声で、言葉を重ねた。

 

『尾藤、何を隠している』


『…………』


 尾藤は何も答えられなかったが、それは、もう白状したのと同じだった。

 電話越しに聞こえる、湊の息づかいが、明らかに、それと確信している気配を漂わせていた。

 こうなっては、どう取り繕っても、もう誤魔化しは効かない。

 観念した尾藤は、引きも溜もなく、また憶測も交えず、端的に事実だけをこたえた。


『昨日、常陸燎祐が、イルルミ・レナンと一緒に行方不明になった。現在も捜索中だ』


『!』


 驚愕に声を失ってしまう(みなと)

 彼は、レナンのことは間接的にしか知らないが、その実力は音に聞こえていた。

 そんなレナンと引き分けた自分の弟子が、二人揃って行方不明というのは、明らかに異常なことだった。


『まゆりちゃんには(しら)せたのか』


『まだだ』


『どう伝えるつもりだ、尾藤』


 事態の深刻さを理解した(みなと)は、重たげな声で訊ねた。

 学生の頃からの付き合いで、(みなと)の実直さを直に知る尾藤は、彼が、隠し事ができない方だというのをよく知っている。人に嘘をつき続ける官職に向かないのも知っている。

 そして湊暁丞(みなとあきつぐ)という人間は、嘘がつけない。つけても下手くそだ。

 何より、心情が、どうしても空気として表に出てしまう嫌いがある。


 ゆえに、燎祐とレナンの失踪が、久瀬まゆりに露見してしまうのは、もはや時間の問題といえた。


 だが、尾藤も、これを無為無策で口外したわけではなかった。


『無用の心配だ。お前は、この情報を、私の許可なく思い出すことはできない。この話は、ここだけの話のままさ。久瀬の娘さんに伝わることはない』


『尾藤っ、まさかお前、階級特権を行使するつもりか!?』


『悪いな(みなと)、魔法は既に発動している。では、忘れてくれ』


『――!! 尾藤っ――――』


 湊の声は、何かを言いかけたまま、停止した。

 その続きは、尾藤が作った。


『――で、話は、これだけだな』


 尾藤がそう促すと、湊は何事もなかったように応答した。


『ああ、これだけだ。また何かあればかける』


 湊は、直前に話していたことを、なにも覚えていなかった。


『できれば次からは定時報告だけにしてくれ、じゃあな』


 そう言って尾藤は、終話ボタンを押して懐に携帯をしまった。

 大きく息を吸い込むと、昏く冷たい空気が肺の中にしみた。

 空は夜の色を残したままで、まだ光明が差す様子はない。


「仕事に、戻るか……」


 


***




 庁舎に戻った尾藤は、その足でオペレーションルームに向かった。

 部品を受け取り、既に現場に戻っていた職員たちには「不備はオペレーターの誤解だった」と説明した。尾藤は、自分のことを、とんだ嘘つきだと自嘲気味に笑った。

 しかし、悠長にそんなことをしている場合でもなかった。


 本作戦の要である久瀬まゆりの意見を汲んで、作戦の一部変更を進言しなくてはいけない。

 しかも、極力、誰にもバレないように。どうしてそこまで情報の共有を避けたいのかは分からないが、やってくれというからには、必要なんだろうというのが尾藤の考えだった。


「この話、どう説明したものかわからないが……、とりあえず隠岐(おき)さんに相談してみるか」


 何故かは分からないが、あの人だったら力になってくれるかも知れない、という不思議な予感が尾藤にはあった。

 その予感に従って、尾藤は隠岐を探し、オペレーションルームを見回していると、保守員たちの傍に立って作業を見守っている姿が目に入った。

 尾藤がそちらに近寄っていくと、まるで来るのが分かったかのように、隠岐が柔和な顔を向けた。

 さっきの謝意を込めて、小さくお辞儀をすると、隠岐は「どういたしまして」と応える代わりに小さく手を振った。


「隠岐さん、こちらは順調そうですか」


「ええ。でも、そちらは順調ではなさそうですね尾藤さん」


「あ……、分かります?」


「顔に書いてますよ。それにしても、この短時間で別件こさえるなんて、尾藤さんは仕事に愛されてますね」


「は、はは……」


 苦笑いしか出て来なかった。


「それにしても、隠岐さん、鋭いですね。実はサイキックですか? それとも何か秘訣が?」


「米国魔法省に面白い捜査コンサルタントがいまして、人間観察の手ほどきを受けたことがあったんですよ。魔法の分野が進んでいるところでは、もう往代(おうだい)の技になっているでしょうが、自衛隊(うち)や米国のように魔法分野に明るくないところでは、こうした技能は、まだまだ現役です。まあ、百発百中とはいきませんが、なかなかのものでしょう」


「はい、国魔連(うち)にスカウトしたいくらいですよ――」

「――あ、いえ、結構です」


 隠岐(おき)は、シュバッと左右の手の平を向けて、速攻で拒否した。

 しかも、それが割と真に迫った顔つきだったので、尾藤は覚えず言葉を失った。


「ところで尾藤さん、第一フェーズの戦果報告が上がってきたら、暫く身動きができませんよ」


 隠岐は、暗に用件を急かした。

 尾藤はその心遣いに甘えることにした。

 だが、秘匿術を使うわけにも行かず、誰に聞かれるか分からない以上、口頭も不味い。

 よって、筆談となったが、尾藤はオペレーションルームでは少々目立つので、名刺交換に見せかける形で、こっそりと情報を共有する運びとなった。


 隠岐は、通算二枚目になる尾藤の名刺を、表に裏に返しながら、その内容に目を走らせていく。

 そして、名刺に記された情報の解読が進むにつれ、隠岐は顔を引き攣らせていった。


「また凄いのがきましたね尾藤さん」


「はい……」


「せめて、理由が分かれば根回しできたかもしれませんが、これは流石に……。なにぶん、上が息巻いてますから、説得するにも理由が必要ですよ……。まあ、艦内の戦闘指揮所(CIC)が誤射すれば話は別ですが……」


 隠岐(おき)は、そこまで言って言葉を濁した。

 恐らく、隠岐自身は、その指示を、他に漏らすことなく下すことが可能なのだろう。


 だが、それを秘密裏に通したところで、ミサイルの発射自体を誤魔化せるわけではない。撃てば必ず露見する。

 そうなれば、発射担当艦の戦闘指揮所(CIC)のクルーたちと、その上官が、真っ先に責任を負わされることになる。

 帰国後には、関わった人間全員が、非違行為の実行犯として裁判にかけられ、軍事力を恣意(しい)的に行使したと糺弾された挙げ句、監房に放り込まれてしまうだろう。


 なにせ、政府が注目する戦後初の一撃目に茶々を入れるわけなのだから、現場責任者の首一つで終わるような、生っちょろい処分で済まされるはずがなく、まして作戦の遂行に必要な物資(ミサイル)を勝手に使ってしまうのだから、刑罰だって安くつくはずがない。


 結果、寄る辺もない海原のまっただ中、命がけで戦った救国の英雄たちは、ただの罪人(つみびと)として社会から放逐されることになるのだ。


 よって、隠岐(おき)は、その指示を下すことは絶対にできない。


 けれど、尾藤は違った。


(なんだ、そんな手があったか! 外から指示するんじゃなくて、中から誤射させちゃえばよかったんだな!)


 軍事は軍事、魔法は魔法と線引きをしていた尾藤の頭には、まさしく目からうろこだった。


(どうせ責任取るの国魔連(うち)なんだし、よし、(あいつ)にやらせよう)


 定期報告のタイミングを利用すれば、庁舎の結界内で、通話に秘匿魔法を使っても怪しまれない。

 途端に尾藤は悪い顔になった。


 そして、遙か彼方にいる(あいつ)に向けて、白羽の矢を構えるのであった。

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